3カ国語が飛び交う中、不思議な存在感を醸しだしていた多和田葉子ーYoko Tawada occupies an ethereal trilingual world


久しぶりにジャパン・ソサエティーの講演会に行ってきた。ドイツはハンブルグ在住の作家、多和田葉子がニューヨークで朗読会をするというのに誘われたのだ。日本で彼女の知名度と人気がどのぐらいなのか、今ひとつ掴みかねるのだが、ドイツ語と日本語を自由に操り、10年ぐらい前に『犬婿入り』で芥川賞をとったり、ドイツでもシャミッソー賞をとるなど、文壇での評価は高いのだが、どう考えたってベストセラー作家としてガンガン売れてしまう類の物書きではないだろうし、ね。

文体も独特の味があると思ったら、ご本人も不思議な存在感のある人でしたよ。何だか、彼女の周りだけ少しゆっくりと時間が流れているようで、ニューヨークみたいなチャカチャカした土地にいると、きっと違和感があるんだろうな、という気がしてくる。朗読会の方も、姿が隠れるぐらいの透明シートの向こうから読み上げたり、色とりどりの和紙に書いたものを散らしながら読んだり、とまぁ、パフォーマンス的要素も取り入れて、心憎い演出だったね。英訳した翻訳者と丁々発止で掛け合いをしていたのも面白かった。

ドイツ語って苦手なんだよね。フランクフルト・ブックフェアに行っても、大体どこでも英語が通じちゃうから楽チンなことこの上ないし、読むのに挑戦しようと思っても、あの長ったらしい綴りを見ていると頭がクラクラするしさ。そういえば、一昨年だっけ、デュッセルドルフに住んでる従姉妹んちに遊びに行った時も、面白かったな。私と彼女が話すときは日本語で、彼女がルームメイトと話すときはドイツ語で、私がそのルームメイトと話すときは英語がテーブルを挟んで錯綜してるんだもん。

新著「Where Europe Begins」からの抜粋と、未発表のエッセイを読み終えた多和田さんは、さっさと質疑応答に移って聴衆からの質問に答えていた。集まった人も日本人、アメリカ人、ドイツ人、ごちゃ混ぜ。質問にも「お国柄」が出るから面白い。ひとり、日系アメリカ人らしき女性が延々と、日系人が英語で表現することの限界だの重責だのと、持論を披露するのには閉口させられたし、朗読中もやけに落ち着きのなかった若きサラリーマン君が闇雲に「何で書くですか?」と聞いていたのには笑止。それで哲学してるつもりらしい。

多和田葉子の本はアメリカではNew Directionsという小さな文芸出版社から出ている。今でこそW・W・ノートンの傘下にインプリントだが、創立以来、頑固一徹にエズラ・パウンドから、フランツ・カフカから、ノーベル賞作家のオクタビオ・パッヅまで「ハイ・リテラチャー」にこだわっている。そう、文芸色が強いと言っても、多和田さんはクノッフでもなく、ファラー・ストラウス&ジルーでもなく、ニュー・ダイレクションだよね、やっぱ、ということになる。アメリカの出版社にはそれだけ個性というか、棲み分けができているということだ。

そりゃ、日本でだって岩波と幻冬社が同じ本を出したりしないわな。でも待てよ、飯島愛の『プラトニック・ラブ』の2匹目のドジョウを狙ってどこかの大手が梅宮アンナのメモワール出しちゃったりするから、ポリシーなんてあんまり関係ないのかもしれないし、どこの出版社も「とにかく売れればいいんでい」というのがポリシーなのかもしれないし。アメリカの場合、著者から原稿を受け取ったエージェントが「これはどこの出版社向きかな」って判断して持ち込むから、版元の方がきちんと「うちのポリシー(publishing programという言葉がよく使われる)はコレコレ、こうです」と言えて、バックリスト(既刊本)でそれをキチッと打ち出さないといけない。「何でもアリ」な版元は成り立たないぐらいだ。

多和田さんのホームページも覗いてみたけれど、著作同様、なかなか雰囲気のあるサイトだった。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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