若くして人生語っちゃったメモワール作家は次に何を書けばいいのか?ーEncore to a Memoir? For Ever-Depressed Wurtzel, That’s No Problem


メモワールの法則

エリザベス・ワーツェルの「Prozac Nation」といえば、80年代に新たなカテゴリーとして登場した「」(自伝)の先駆け的存在。(間もなくクリスティーナ・リッチー主演の映画が公開される予定)それまで評伝物と言えばBIOGRAPHY、有名どころの半生を描いたもので、二十歳そこそこの無名の書き手が自らのショッキングな人生を洗いざらいブチまけて…というのはなかった。書き手は既に有名である必要はないが、何でも包み隠さず書いてしまえる度胸と、最低限の文才と、「今は何とか普通っぽい生活をしている」というオチは必要。

アメリカでも一時期大流行して、キャサリン・ハリソンの「The Kiss」やデイビッド・セダリスの「Naked」を始め、文壇を席巻した、なんて言い過ぎかな。

それを幻冬舎が応用したのが飯島愛の「プラトニック・ラブ」や、大平光代の「だからあなたも生きぬいて」(講談社)あたり。本人も周りも「こんなに壮絶な人生ってあり?」と思って出すと、以外に読者からは「それって私と同じ」「彼女の気持ちがよくわかる」という反応。これがメモワール本ヒットの法則。非行、いじめ、自殺未遂、売春、ドラッグ、犯罪、中絶、極道、借金、などなど、これ以上ないってぐらい、悲惨であればあるほどいい。でもいちおうメモワールだから、でっち上げやウソはダメ。

それをさらに二番煎じにしたのが梅宮アンナの「醜いアヒルの子だった私」というわけ。「みにくい…」はその点、ひるんで少しお上品にしてしまったのが敗因。仲間外れ、容姿のコンプレックス、おバカな男にひっかかり、借金ができた、ぐらいじゃまだまだ甘いのさ。

メモワールの落とし穴

More, Now, Again/「私はうつ依存症の女」(原題Prozac Nation)

日本語版の刊行に合わせて来日予定だった著者が、いきなり「ウツ」を理由にドタキャンして大迷惑をこうむった、と訳者で友人でもあるC・Tさんが言っていた。

病気とはいえ、ここまで人格が破綻してしまっている人がツアーを組んで、読者とにこやかに語らい、本にサインをするなんて、できるのかなー、とこわごわのぞいてみた朗読会。薬が効いているのかエラク明るい。ジョークを連発したりして、ヒョウキンでさえある。2作目はフロリダに住んで書いたという話もにわかには信じられなければ、髪までブロンドになっていて、ノーテンキのラリパッパー。薬の量まちがえちゃったんじゃないの?

私のようにたまたま、何の問題もない家庭に育ってしまった人間にとって、こういうエゴむき出しのディスファンクショナルな人生を読まされるのはかなり辛い作業になる。「どうしてそこまでジコチューにしないといけないのかねえ?」

プロザック・ネイションで一応うつ病を克服した著者を次に襲ったのは「リタリン」という薬中毒。普通に飲めば普通に効く普通の薬なのだが、とある偶然から著者はコカインのように粉状にすりつぶして鼻から吸引する、という方法を覚えてしまった。(普通するかよ、そんなこと)

頭の中はグッチャグチャだとしても、表向きはチャーミングな女性ではある。笑うとかわいいんだもん。問題はその笑顔がドラッグの産物だと思うと、つられて出る笑みがどうしてもひきつってしまうところだが。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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