イスラム社会の異邦人、ナイポールがノーベル賞を受賞


V・S・ナイポールがノーベル文学賞に選ばれるなんて、これほどタイムリーな受賞があるでしょうか。イギリスで教育を受けたトリニダード生まれのヒンズー系インド人、第三世界の声を代表する作家として、今こそ彼の真価が問われる時が来たようです。1961年に発表された「ビスワス氏の家」や、代表作とされる「暗い河」といった小説だけでなく、一連のインド紀行のようなノンフィクションでも定評があり、既にスミス賞やブッカー賞も受賞していますが、やはり今回注目に値するのは、自らマレーシア、インドネシア、イラン、パキスタンを訪れ、イスラム教が台頭した背景を綴った「イスラム紀行」ではないでしょうか。

その中でナイポールは、モスリムの人たちについて「彼らの怒り—技術にも、資金にも、世界観にも恵まれない遊牧民の怒りには、理解できるものがある。しかし今や彼らには武器がある。イスラム教だ。それを通して彼らは世界と対等になれるのだ。それが、彼らの嘆きや、無力感や、社会的な怒りや人種的な憎しみを癒してくれるのだ」と書いています。アメリカやヨーロッパの先進国が帝国主義を振りかざしたことへの反動として、これらの国が自分たちの伝統文化を捨ててまでイスラムに改宗して抵抗しているのだ、と彼は指摘しているのです。一方で、どこまでも悲観的なナイポールは、イスラム原理主義に対しても厳しい目を向けています。

文学と政治は切り離して考えるべきなのでしょうか、ノーベル賞を授与するスウェーデンアカデミーが、どこまで作家の政治的立場を考慮し、世界情勢に意見しようとしているのかも気になるところです。昨年のノーベル賞作家、高行健も中国を追われた政治亡命作家として彼の受賞は物議を醸し出しました。ナイポールも最近のニュースといえば、作家仲間のポール・セローとの仲違いや、人種差別的発言が話題になっています。なかなかその著者の作品だけで評価するのは難しいのかも知れません。

それでもやはり、これからはディアスポラ文学の時代だということでしょう。つまりは、日本人も日本にいて日本のことを書いている限りは次の大江健三郎は出てこないのかもしれません。

written by

ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
Related Posts
© Copyright - Books and the City - All rights reserved.