思いもかけない悲劇のその朝、私はワールドトレードセンターから数ブロック離れたウォール街のオフィスの窓から目の前に広がる地獄絵図さながらの光景を見ていました。何が起こっているのかさっぱり把握できないまま、黒い煙と辺りに舞い散る書類をただ傍観しているしかなかったのです。全てが崩れ落ちる瞬間でさえも我が目を疑いながら。ことの重大さを知ったその後も、何もできない無力感に苛まれ、こんな非常時に「本の話」ぐらいしかできない自分にも腹を立てていました。24時間刻々と流れ続けるTVの情報と、瞬時に様々な情報を提供し人々をつなぐインターネットの力を見せつけられ、何でせめて救急士の資格ぐらいとっておかなかったのか、などと悔やんでいました。
考えれば考えるほど根の深いこのテロ事件の背景と、今回失われた命の多さを思うにつれ、今の私に言えるのはこんなことぐらいです。
1. 事件の衝撃が時間とともに薄れ、その記憶が風化してしまうことがこれからも決してないように、様々な角度から今回の事件を検証し、深く見据え、生き残った私たち1人1人がなすべきことを提示してくれる本が書かれ続けることを祈ります。惨事の衝撃だけに目を向け、テロは悪だと決めつけるだけでなく、今まで馴染みのなかったイスラムという宗教を知り、世界の警察として幅を利かせてきた米国の弱さを知り、日本という国家にどういう関係があるのかを知り、1人の人間として何が至らなかったのかを知るためにも、なるべく多くの人たちがこの事件について語り、それを分かち合える本が生まれていって欲しいと思います。
2. そしてこの惨事によって様々な形で傷を負った人たちが、ひととき全てを忘れ、癒されたいと思ったときに、希望をあたえてくれるすばらしい本に出会えることを願っています。そしてその出会いにほんの少しでも関われるのなら、私も救われるのだと信じています。
Discussion
No comments for “9・11—追悼の言葉に代えて”
Post a comment