「文章探偵007」となったフォスター教授


Author Unknown: On the Trail of Anonymous

自他共に認めざるを得ないが、私は実にわかりやすい文章しか書けない。表裏なくストレートな分、隠喩や深い洞察力に欠ける。本人の性格そのまま。

「Author Unknown(著者不明)」の著者ドン・フォスターの本業は、しがない英文学教師である。専門はエリザベス王朝時代。ある日、いつものように図書館で旧い文献を漁っていたら、とある「W.S.」による「追悼哀歌」なるものにブチ当たった。なにげなく読んでみるが、何か引っかかる。W.S.ってもしかしてウィリアム・シェークスピアとか? まさかね。世界中で研究し尽くされているシェークスピアのこと、未発見の作品がそうそう見つかるものではない。それでもフォスター教授はシェークスピアと、このエレジーに謳われた死者との関係まで割り出し、論文にまとめ、学会に発表する機会を窺っていた。

ちょうどその頃、アメリカで話題になった「Primary Colors」という本があった。著者はAnonymous、つまり匿名だ。小説、という形式を装いながら、ビル・クリントン大統領選の内幕があまりにも赤裸々に書かれているので、彼の選挙キャンペーンスタッフは、裏切り者がどこのどいつなのか、戦々恐々だったという。ジョージ・ステファノポロスもしっかり名指しで疑われていた。

「ニューヨーク」マガジンはこのフォスター教授を引っぱり出して、「Primary Colors」の著者を当ててくれと依頼した。選挙スタッフ、報道記者、政治コラムニストなど疑わしい人物を連ねたブラックリストと執筆作品を添えて。試行錯誤の末、フォスター教授が当初リストになかった「ニューズウィーク」誌のコラムニスト、ジョー・クラインの原稿と「Primary Colors」を比べてみると、これがビンゴ〜!のぴったしカンカン。

だが、クラインは「自分ではない」と言い張った。同じ頃、他にもシェークスピアの筆とされたソネットが偽物と分かり、その学者が非難ゴウゴウ浴びていたのを目の当たりにしたフォスター教授もビビった。推測が外れていたら、シェークスピアに関する自分の論文も却下されるかもしれない。学会の笑いものになり、出世の道も閉ざされる。困った困った。

そこでフォスター教授、クラインを挑発するために、今度はAnonymousの人格分析をやったのである。「著者は元クリントン心棒者で、性的には自分のカマっぽい面を認めるのを怖がっている」とやった。するとクラインは表向きには相変わらず否定しながらも、自分のコラムではいつもよりマッチョに攻めてくる。すべてフォスター教授にはお見通しだったのだ。結局、ジョー・クラインは半年後とうとう尻尾を出して観念した。フォスター教授もさぞ溜飲の下がる思いだっただろう。

つまりは、だ。よっぽど特異な才能のある小説家でもない限り、人はどう転んでも己の言葉でしか文章は書けない、ということらしい。どんな人もよく使う言葉・使わない言葉がある、というのは「翻訳夜話」で村上春樹氏も書いていた。「[誰しも]自分の文体というものを、意識的にも無意識的にも持っていますし、それは捨てようと思って簡単に捨てられるものじゃない…」。彼自身「鑑みて」という言葉は一回も使ったことがないなー、とも。

この本に載っている恐るべきフォスター教授の分析法だが、独自のコンピュータープログラムを持っていてハッカーがクレジットカードの暗証番号を割り出すように瞬時のウチにピピと犯人をはじき出し…というものではない。とりあえず、文献中に使われている言葉を全てデータベース化するが、割り出し作業は自分で丹念にテキストを読み込んでいくのである。

コンマの使い方とか、どういう文献から引用しているとか、間違えて使っている言い回しがあるとか、能動態より受動態が好きだとか、様々な角度から「文体DNA」を割り出す。筆跡で判断するのではないから、分析対象はオリジナル原稿である必要はなく、ワープロのテキストでもいいわけである。教授曰く「Eメールだろうが、母ちゃんへの手紙だろうが、卒論だろうが、脅迫状だろうが、書いた人の性格、学歴、出身地、年齢、おおよそ全部わかる」とのこと。

こうして「文章探偵007」となったフォスター教授には、あっちこっちからお呼びがかかり、FBIに頼まれて、法廷用に連続郵便爆弾犯ユナボマーの声明書を分析したり、地方のミニコミ誌にいっつも投稿してくるナゾの「ワンダおばさん」が実は世捨て人の作家、トーマス・ピンチョンではないか、という噂の真相を確かめたりするのだ。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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