カリスマ誌「ニューヨーカー」のスゴーイ裏事情


Gone: The Last Days of the New Yorker

巷でよくカリスマ何とか、という言葉を聞く。つまるところ、誰かが「スゴーイ」と言い出して、言っているうちに他の人も「スゴーイ」んだと思いこみ、マスコミまでが「スゴーイ」ともてはやすうちに、結局本当に何だか「スゴーイ」ものになってしまうという構造だ。

例えば、カリスマ美容師。皆がスゴーイと言ううちに予約を取るのが難しくなって、雑誌にも載って、高い値段が付いて…。だけどよくよく考えてみたら、元々ただのヘアカットなんだから、髪型が変わっても顔まで可愛くなるわけじゃなし、髪もすぐ伸びる。ところがこれを「ただの床屋じゃんか」と言ってしまうのはヤボなこととされる。パラパラ踊ってる子を見て「盆踊り」と言ってしまう私もほとんど「王様の服」現象。

「ニューヨーカー」誌は泣く子も黙るスゴーイ文芸誌ということになっている。ニューヨーカーというローカルな名前なのに、洋書を一度も読んだことのない日本人までがその名前を知っているところが確かにすごい。ところが、アメリカで定期購読をしているという人に「で、最近どのライターの何という作品が面白かった?」と聞いても皆、答えに詰まる確立の一番高い雑誌でもある。

だけど結局「ニューヨーカー」誌の何がどうすごいのか。これはもう、ライターにしろ編集者にしろ、そこで働いていた者の思いこみがすごかったという他はない。それを頭ごなしに支えてきた購読者も次にすごい。

決して読者に媚びを売らなかった雑誌といえば、聞こえは良いが、書籍出版部も作らず、収録作品のデータベースも作らず、ポップカルチャーも無視してみせれば、衰退するのは免れない。いっそのごとく潔く二代目編集長のウィリアム・ショーンあたりで廃刊になっていたら「伝説の文芸誌」として後々称えられたことだろう。今では訳の分からないカルト集団が(それもエリート層)「昔の『ニューヨーカー』誌は良かった」と言って大事にしているご神体「ニューヨーカー」誌を覗き込んでみたら、そこにあるのは干からびたミイラだった、そんな感じ。

お抱えライターが出す本の献辞に必ずウィリアム・ショーン編集長への感謝の言葉が述べられているというが、ここまでライターを甘やかし、他の雑誌に書かせず、洗脳していたショーンならそれも無理もないことだろう。次の世代を担う後継者を育てられなかった、それこそが彼の一番の欠点だったとアドラーは書いている。

「都会的な、ソフィスティケイテッドされた」文芸誌、という評価が一人歩きしているようにも見える。パーティーなどで如何に自分が「スゴーイ」のか自慢げに言う奴に限ってルーザー、ということを日々思い知らされているのでそんな評判も空しく響く。実際に「ニューヨーカー」誌を読んでいても、聞いたことのない古代ギリシャ哲学者の言葉を引用して、「ね、わかるでしょ?」と言いたげなコラムや、これっていつ書かれたものなのかしら(およそタイムリーな話題がない」と首を傾げたくなるのが一昔前の「ニューヨーカー」誌への正直な感想だ。

レナータ・アドラーも一世を風靡した幻のライター、「ニューヨーカー」誌の寵児ということになっているが、何せ著作が少ないから幻にもなるし、彼女ほどショーン編集長のお気に入りだったら寵児にもなろうというもの。実はむかーし、彼女の短編集「スピードボート」を読んだことがある。それこそ彼女が「ニューヨーカー」誌のライターだということがすごいと思って読んだのだが、肝心のストーリーがちっとも思い出せず、「ニューヨーカー」誌で書いていた人、っていうのだけ覚えているあたり、カリスマなんだなぁ。

しかし「Gone」はひどい。メモワールと言いながら、人の悪口ばっかり。それも自分をかわいがってくれたウィリアム・ショーン編集長のことをボロクソ。他の人が書いた「ニューヨーカー」誌の裏事情暴露本に出てくる自分のエピソードが間違っていると言いながら、聞いた話をあることないこと…。

彼女が如何に「ニューヨーカー」誌を愛していたかが伝わってくるのだけれど、そこにあるのはかわいさ余って憎さ百倍の、罵詈雑言でしかない。えらく文芸的な口調であっても。しかも、彼女の文ときたら、句読点が多すぎて読みにくいことこの上ない。

レナータは、と呼び捨てにするのも憚られ、いやそれ以上に畏れ多くも、何しろ、一文章、いや、それどころか、一行書くのにも、書くというより、ぶしつけに言えば、ところどころ、頭に思い浮かんだものを、いわば思考の流れ風に、書き殴るような、文体が、とても読みにくい。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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