世界同時公開の映画『ダ・ヴィンチ・コード』の原作ベストセラー


今や世界で6000万部を突破したというウルトラセラー(ベストセラーよりすごい言葉が思い当たらないので)『ダ・ヴィンチ・コード』の映画が封切られましたね。週末前はがんばって観にいこうと思っていたのですが、どこの映画館も軒並み売り切れ、元々、人混みや行列、人気やトレンドと名のつくものは苦手な私、これを聞いてひるんでしまいました。

まぁ、とりあえず、ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演、映画の予算もタップリあるだろうから、そんなにヒドい作品にはならないだろうし、元々、書籍の面白さを2時間少々の映画に置き換えることは無理なので、映画評も賛否両論ありましょう。

刊行されて既に3年も経つ、このスリラーがなぜここまで売れるに至ったのか、まずはそのルーツをたどってみましょう。

著者のダン・ブラウンは元々、大手版元サイモン&シュスターのポケット・ブックスというインプリントからDigital Fortressでデビュー(日本語版はいずれも角川書店、邦題『パズル・パレス』、今頃になって出たということは、翻訳書にありがちな「翻訳権買ったのにそのまま放置」状態が続いていたのではないかと思われます)、2作目の『天使と悪魔』から今の担当編集者ジェイソン・カウフマンと組んで『デセプション・ポイント』を書きました。ところがこの時点では鳴かず飛ばず、どのタイトルも数千部売れただけ。

その後、カウフマンがランダムハウス傘下のダブルデイに移籍することになったのです。編集者がよりよい待遇を求めて出版社を渡り歩くのは普通ですし、その時にその編集者についていって出版社を替える著者もいます。(それよりも前提として、英米の著者はあっちこっちの版元から出すのではなく、基本的に契約した1社のみから続けて作品を発表します。この辺がだいぶ日本と違いますね。)結局、ダン・ブラウンはカウフマンといっしょにダブルデイに移りました。サイモン&シュスターとしても当時はそれを痛手とは思わなかったでしょう。

ダブルデイ社内では、新しい編集者を迎え、その彼が担当しているダン・ブラウンの新作が「おもしろいよねぇ、これ」ということで意見が一致しました。そこでARC(Advance Reading Copies)と呼ばれる見本刷りを多めに(5000部)刷り、取次や書店に配りました。すると「確かに面白い。他にも読みたいという業者が大勢いるからもっとARCを送ってほしい」というリクエストが殺到、増刷に増刷を重ねて、ARCの部数としては前代未聞の1万部を突破(タダで配られるARCだけでそれまでの著作の売り上げを上回ったという希有な例)、こうやって前評判を作ったのです。

もちろん、ARCを配りまくるだけではベストセラーにはなりません。なぜここまで『ダ・ヴィンチ・コード』が売れたのかについては色々な説を聞きましたが、私が一番「ははぁ、なーるほど」と思った説明は、普段は本を読まないアメリカ人でも唯一読んだことがあるのが聖書。海外旅行に行かないアメリカ人でもパリのルーブル美術館ぐらいなら行ったことがある。その2つを組み合わせたスリラーだったから、おバカなアメリカ人でも楽しめる本ができた、というもの。

確かにこの後、多くの本が「次なる『ダ・ヴィンチ・コード』!という触れ込みで売り出されましたが、アメリカでここまで読者の心をつかんだ作品はありませんでした。一方で、イギリスやスペインでは類似本が「歴史スリラー」というカテゴリーで定着し、ケイト・モッスの『ラビリンス』やフリア・ナバロの『聖骸布血盟』といったヒットが生まれています。このことからも、ヨーロッパの人は西洋史全般を題材にしたスリラーが楽しめるけど、アメリカ人は聖書以外の中世史だとついていけないのかも、と上記の説が説得力を持つわけです。

さらに、『ダ・ヴィンチ・コード』は各章が短くて、映画みたいなビジュアルな展開だから、集中力のないネット世代の読者でもオーケーだったとか、謎解きもsudokuより簡単なアナグラムばかりだったからとか、「バカでも読める」要素が強みだった、なんてイジワルも聞こえてきます。(って私が一番イジワルなんですが。)

確かに、こういうメガトン級のベストセラーは、本なんて読まない人までが読むからここまで売れるわけであって、あとは「この本が売れている」こと自体がスパラルして世界に飛び火した、ということでしょう。

さて、一躍ベストセラー作家になったダン・ブラウンは、地道に次作『ソロモンの鍵』を書き上げる一方、母校のエクセターやハーバードに印税の一部を寄付したり、題材となったノンフィクションの著者たちに訴えられて裁判に出頭したり忙しく過ごしていたようです。担当編集者のジェイソン・カウフマンさんは、さらに地道に編集業に邁進しているようです。『ダ・ヴィンチ』編集者のレッテルはプラスにもマイナスにも働くようで、あの編集者の次の作品!と大々的に売り出されたThe Travelersは大コケしたし、そのことを全面に押し出さなかったDarkly Dreaming Dexterはそこそこ売れているし。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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