アマゾンが作り上げつつある出版エコシステムとは—Amazon’s guide to the publishing galaxy


久々のブログ更新です。最近は出版関連のニュースについてのあれこれをケイクスのNoteを使ってみたり、フェースブックに挙げてみたりもしていたのですが、長くなるかもしれないし、上手くまとめられずに短くなるかもしれない。でも、とりあえずこれはブログで読んでもらった方がいいと判断したのでこっちに書きます。

Eブックの卸値をめぐるアマゾン対アシェットのバトルや、アマゾンの定額読み放題サービス「キンドル・アンリミテッド」のことなどは、逐一ツイッターや「マガジン航」にも寄稿させてもらいながら報告してきた。その過程で、ひとつ見えてきたことがあって、そろそろ同じようなことを感じているアメリカ出版業界の人たちがいるだろうなと確信できたので、あらためて。

それは、アマゾンが今までになかった出版の“エコシステム”を築き上げつつあるということ。まさにネット時代にふさわしい、そして既存の定理が通用しない、独自の出版文化とそれをマネタイズしたビジネスモデルだ。

アマゾンの社史やCEOジェフ・ベゾスの出自などは、やはりブラッド・ストーンのThe Everything Store(『果てなき野望』)を読めば詳しいことがわりと客観的で正確に書いてあるので省くが、当時(90年代後半)のネットバブルを背景に、様々な商品カテゴリーでオンライン・リテールの会社がぽこぽこ生まれる中、本(当時はまだ“本”といえば紙の本だけ)をネット注文できるアマゾンは、とても好意的に出版社に迎え入れられていた。どんな大型書店にも収まりきらないセレクションの中から探している本が瞬時に検索できて、ボタンひとつポチるだけで、自宅に届くというのは画期的なことだったから。

同時に、オンライン書店の台頭は、今まで本を売ってくれた既存の書店、特に小さな町の小さな本屋さん(いわゆるインディペンデント系書店)を脅かす存在になるだろう、と見抜いていた出版社エグゼクティブは多かった。次に、「マーケット・プレイス」の登場で古書店でなくとも、要らなくなった本を個人で売買できるようにした頃から、出版社はアマゾンをお得意先とだけではなく、脅威としても捉え、常に警戒し、どう対応するのがベストかを模索してきた。それまでは古書店といえば、在庫のタイトルをデータベースにするところまではやっていたものの、一括で検索するサイトもなく、全国津々浦々の古書店から探している1冊がどこにあるかを突き止めるのが難しかったからだ。出版社にとって、古書店ビジネスが脅威となるのは、もういったん新刊として売ってしまった本は、いくら売買されても出版社側に利益はなく、従って印税収入もゼロのままだからだ。

 出版社とアマゾンの大きな違いは、やはり、アマゾンがユーザー(読者)至上主義で、顧客に少しでも安く商品を届けることを第一のミッションとしてすべての決定を下せばよいのに対し、出版社は著者と読者という2つのグループ双方によかれと思うビジネスを構築しなければならないという点だろう。

だからこそアマゾンは少しでも安く商品を売るために納入する業者に圧力をかけてくるし、配送業者にも厳しくする。お互いを結びつける古書ビジネスから手数料をとる。今までは株主にさえガマンを強いてきた。一方で出版社は読者が納得してくれる本の値段はいくらかを模索しながら、著者の印税率をキープしてきた。「誰がお客様なのか」という点が違うのである。

そのアマゾンが、出版業に手を染めた経緯を振り返ると、まず、アマゾンが膨大な売上げデータから動きがいいものを見つける「アルゴリズム出版」と呼ばれる自社レーベル(インプリント)があった。2009年に設立されたAmazon Encoreは絶版になっていたり、KDP以前の自費出版の本からもう少し売れそうなものを割り出し、アマゾンのレーベルから出すもので、その翌年スタートしたAmazon Crossingは、各国のデータから別のマーケットでも売れそうな作品を割り出し、翻訳して拾い出す、というものだった。

その次に着手したのは、ミステリーやスリラー中心のThomas & Mercer、ロマンスのMontlakeなど、自社レーベルでオリジナルタイトルを出す試みだ。これらのジャンルは読者が多読傾向にあり、既存の出版社では出し切れないぐらい書かれ、読まれていて、最初にEインクのキンドルデバイスが出た時からいち早くデジタル化されたジャンルだった。だからアマゾンにも過去に売れた本のデータがたくさんあり、そこから傾向を割り出して作品を選べば、そこそこ当たる可能性が高かった、ということができよう。

この辺りまでは、他の出版社もアマゾンをライバル視するような兆候はなかった。シアトルの編集部で雇われているエディターの名前を聞いても、誰?知らないなぁって感じだった。ところが、2012年になって、ベテラン編集者/エージェントのラリー・カーシュバウムを引き抜いてニューヨークに拠点を開いた時から事態が一変した。その時の衝撃はブログにも書いたとおり。アマゾンが本気で出版社となり、いわゆる中抜きに取りかかったとされた。

その結果、どうなったか。一応ホートン・ミフリン・ハーコートという(傾きかけていた)出版社と組んで紙バージョンのNew Harvestというインプリントも作り、潤沢な資金で大型企画もいくつか取ってみたものの、バーンズ&ノーブルや他のインディペンデント系書店に本を並べることを拒否され、総スカンをくらったのである。もちろんEブックでは、アマゾンのサイトで集中的に宣伝したこともあって、それなりに売れたわけだが、全体的に見ればEブックはまだ全体の2~3割。いくらEブックで売れてアマゾンのチャートのトップに躍り出ようが、実はアドバンスを回収するほどの部数は出なかったのだ。

既存の出版社の強みは、全国の書店に対するセールス力といえるだろう。日本のように取次が自動配本する仕組みがないので、刊行前に充分時間をとって、出版社側が営業して仕入れてもらわないと、本は1冊たりとも動かない。動かないどころか書店に並ばない。一方のアマゾンは、これまでの本の売上げのデータはあっても、とにかくEブックが出てからしか情報は集まらない。既存のシステムでは、エージェント、編集者、図書館司書、書店バイヤー、書評家ら“目利き”から選び抜かれた作品が「イチオシの本」として読者の前に登場する。それが無名のデビュー作家の純文学作品であっても、初版数十万部というリスクをとる覚悟ができている。ハードカバーの新刊にはちょっと読んでみようか、と思ってもらうには高すぎるほどの値段が付いているのだから、出版社が総力をあげて宣伝している、というのは充分な説得力があるのだ。

日本の出版社との大きな違いはココにあるように思う。アメリカ式をpro-activeな出版だとするとreactiveなのだ。日本だとどうしても、とりあえず大急ぎで初版が捌けるように数千部出してみて、反応がよかったらさらに少ない部数で少しずつ増刷をかけていく方式で、つまり根回しやプリパブや下準備をやらず、出たとこ勝負で後追いになる。(そしてこれこそがアマゾンにもできること、だということを考えると日本の出版社はもっとアマゾンを恐れていいと思う。いい加減な気持ちでバックリストのキンドル版を安売りしている場合ではない。)

日米の出版の違いは置いておくとして、アメリカ方式の出版ビジネスだと、この目利きの網に引っかからなかったその他大勢の著者が出ることになる。エージェンシーに原稿を送付しても送り返され、出版社には断られ、新人文学賞などというコンクールもなく、運良く出版に漕ぎ付いても何作も鳴かず飛ばずで出版社に切られる羽目になった著者たちだ。その彼らはこの出版モデルを「エリート」「スノッブ」という言葉で不満を顕わにしてきた。

Eブックが登場する前は、こういった著者は「バニティ・プレス」という名前で呼ばれる自費出版サービスを利用するしかなかった。「自己」出版ではなく「自費」出版と訳しているのは、紙の本でやると、やはり数千ドルというそれなりのコストがかかったからだ。オフセット印刷では相当の部数を刷らないと安くはないし、オンデマンド印刷だとクォリティーも今イチなものしかできない時代がずっと続いた。日本では「共同出版」なる詐欺まがいのサービスもあった。

それをアマゾンのKDPを初めとする数多のセルフ・パブリシング・サービスが事態を一変させた。日本ではKDPに続いてようやくKoboのWriting Lifeが出て、ようやく日本独自の自己出版サービスもできているようだが、アメリカではKDPに前後して実に様々なセルフ・パブリシングのツールが出揃った。

J・A・コンラスやアマンダ・ホッキング、ヒュー・ハウイーら、今やセルフ・パブリシングの寵児とも言われるベストセラー作家が何人も誕生するようになった。今では自らを「インディー作家」と称し、セルフ・パブリシングの福音を説く者も多い。

アマゾンは、カーシュバウムを引き抜き、既存型の出版ビジネスをやろうとして失敗したといえるだろう。だから、その代わりとして、Eブックで新しい出版ビジネスを構築したといえる。著者は、小難しい出版契約を押しつけてくるエージェントなどを通さなくてもウェブ上でいくつかオプションを示せばいくらでも集まる。どの作品が優れているなどと、気に揉む必要もない。全部とりあえずネットに載せてみて、読んだ人のレビューやダウンロード数で自動的に割り出せばいいのである。

宝くじほどのヒットの可能性しかないとわかっていても、出版社に断られた時の「ゼロ」よりはチャンスがあるはずだと大勢の著者が集まってくる。アマゾンは、その本が売れようが売れまいが、アップロードするための料金を取る。著者の印税率が既存出版社より高くても、売れたら売れたで、アマゾンも売上げの恩恵にあずかれる。Eブックがダウンロードされれば、一方的に決めた料金で通信費をとることができる。著者には「安くした方がもっと売れるよ」と最初から言っておけばいいし、集まってきたタイトルの中からさらに割増料金で宣伝すれば効果が上がることも織り込み済みだ。

これがアマゾンが構築する出版エコシステムの「著者」の扱い方。そして「読者」の方は、今までの徹底した安売り主義に加えて、定額読み放題による囲い込み。それがお得なのか損なのか、とにかく何も考えずに月額10ドルをクレカでアカウントから引き落とし、後は好きなだけ読み散らかして消費させる。一口噛んでみて玉石混交の「石」にあたったところで、ペッと丸ごとはき出して次の本を囓ってみればいいだけのこと。月額10ドルなんて、月に1冊まともに最後まで読める本がみつかれば元が取れる値段なのだから。

こうしてアマゾンが構築した出版エコシステムに自ら参入する出版社があるとは思えない。それは自分たちが築いてきた「出版社からdす」ことの付加価値を否定すると同じだからだ。既に「キンドル・アンリミテッド」に含まれている「ハリポタ」や『ハンガー・ゲーム』シリーズは、著者から直接了承をとりつけたか、別のサービスである「キンドル・レンディング・ライブラリー」の契約でオプトアウト式に含まれているものだろう。

音楽や映画などのエンターテインメント同様に、書籍もやがてはストリーミング(=定額読み放題)で楽しまれるようになることは避けられないという意見もある。それに半分は同意するが、もう半分は違うと信じている。もちろん、スキマ時間に娯楽情報の断片をひっきりなしに消費して、気に入れば最後までそのまま読み進めるという読書の方法も「あり」だとは思う。でも、もう半分ではやはり、自分が好きでサポートしたいと思う作家の新作や、自分が信頼するコミュニティーで推薦された未知の本を読むために、時間を割き、他のことを忘れ、没頭して楽しむのもまた本だと思うから。その楽しみを熟知している人ばかりが働いているのがアメリカの出版業界だなぁと日々納得できるから。

 

 

 

 

 

 

 

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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