koboが見せてくれた夢


これは楽天に買われる前のkoboの歩みであり、買われた後もCEOマイケル・セルビニスが持ち続けたビジョンのお話。

まずはkobo(以下コボ)の親会社だったIndigoの話と、コボが生まれたいきさつ

 コボ誕生のとき親会社だったIndigo Books & Music(以下インディーゴ)は、カナダ最大手の書籍チェーン店だ。カナダ版バーンズ&ノーブル、と言ってしまえばわかりやすいかも知れないけれど、両店では、それぞれのCEOが会社のイメージをズバリ体現しているかのようだった。(キンドル部門の強化のために外からITに明るい若きCEO、ビル・リンチをリクルートする前は)ダブルスーツの似合う、恰幅のいいイタリア系のリッジオ兄弟の経営。男性的な商売人ってとこかな。一方でインディーゴは1996年、CEOのヘザー・ライスマンが創設、2001年に夫の投資会社の協力で、同じカナダの書籍チェーン店チャプターズの経営が傾いていたのを買収して成長。インディーゴではCFOや副社長といった幹部ポジションも女性だらけ。

初期の頃はIndigo Books, Music and Moreという店名だったことからもわかるように、当初から本だけでなく、音楽CDや映画DVDも売っていて、家族向けの娯楽コンテンツを買いに行くところ、という感じだった。ボーダーズのお店を覚えている人は、インディーゴはちょっとお母さん向けにしたボーダーズ、と言えばイメージが湧くだろうか。

「おっかさん」なので、お店に来るお客様、つまり「子供」を守りたい一心で、ときどき行きすぎた「親心」をやらかしてしまうことも。ヒットラーの『わが闘争』を売らない宣言や、猟銃雑誌を置かなかったり、イスラム教徒が怒り狂った政治風刺イラストが載った雑誌を棚から取り除くなどの経営判断が批判を受けることもあった。その一方で「社員を大切にする企業リスト」や「女性が働きやすいカナダの会社トップテン」や「社員が参加するチャリティープログラムが充実した会社」などのランキングではいつも上の方に顔を出すのがインディーゴだ。

 

kobo誕生

そのインディーゴがEブックビジネスに着手したのは、マイク・セルビニスの方からインディーゴにアプローチしたから、と言った方が正しい。セルビニスは元々エンジニアの学位を持つIT起業家で、1997年頃から既にDocSpaceやCriticalPathを立ち上げている。出身国のカナダに戻り、インディーゴに就職したのが2006年。コボの前身となったShortcoversは、どんなデバイスでも読めるようにとアプリが開発されたオンラインのEブックストアだ。アメリカでキンドルが発表された2007年に既にインディーゴ社内で開発されている。決してアマゾンの後追いをしていたわけではない。

初代キンドルのデバイスは2007年11月にアメリカで発売開始となったが、注文が殺到してすぐに売り切れ、次の出荷は2008年の4月になってしまった。それを考えると、コボがEブックの「2番煎じ」というのは大間違いということになる。セルビーニは当初、どんなデバイスにもアプリを入れればコボの本が読めることを目指していたが、2009年に軌道修正し、コボ専用のハードウェアが必要だと考えた。

急な方針転換の元でデバイスができたのは2010年の7月、市場には既にAlexだの、Plastic Logicだの、Skiff ReaderといったEブックデバイスが出回っていたが、これらはコンテンツが揃わず、つまりは十分なユーザーが獲得できず、すぐに淘汰されていった。

コボのデバイス哲学は単純明快。余計な機能や性能にこだわらず、後に多言語のコンテンツが増えても対応できるシンプルなデザインのインターフェースで、ガジェット好きのギークなアーリーアダプターだけでなく、機械音痴の人でも、つまり紙の本が大好きなアナログ系の人でも扱えて、シンプルな分お値段も良心的、というものだ。こうして、キンドルのライバルと目されていた新しいデバイスが次々とダメになっていき、アメリカではバーンズ&ノーブルのNook(以下ヌック)が追い上げを計る中、コボは最初の1年で1億ドルの売上げを叩きだした。特にカナダでは今でもアマゾンより多いシェアを維持している。

もう一つ特徴を挙げるとすれば、最初から読書のソーシャルな機能に着目していたところだろうか。読んだ本の感想をアップする、どの本がお薦めかシェアする、いわば読書のグループ体験ができるようになっていた。これも女性的と言えば女性的かもしれない。(別に男女差別を持ち込もうというのではなく、北米における読書傾向の違いを踏まえての発言ね。)

 

コボの世界ストラテジーとテリトリー権

なぜコボがアマゾンと互角に、とまでは言えないまでも、それなりに健闘して生き残れているのか、アマゾンのキンドルとその世界戦略ストラテジーの違いを説明しよう。

まずはキンドル。アマゾンが海外に新しく市場を開拓するときのやり方はまず、オンラインショップとして、既にその国で流通している物品を、お店に行かなくても買える+どこよりも安いセール価格+徹底したカスタマーサービスによってその市場の特徴を洗い出し、顧客データを得る。その上で宅配のロジスティックスを考えなくていいEブックやストリーミングによる音楽やビデオサービスを投下、ひとつひとつのテリトリーで寡占的シェアを獲得、競合相手を潰していく、というものだ。

アマゾンの場合、そうしてできあがった物流のネットワークにデジタルで供給できるサービスを乗せていくので、国ごとに市場を開拓することになる。

ところが、Eブックができる以前の世界の書籍マーケットっていうのは、国ごとよりも「テリトリー」という区切りが浸透してたのね。今でもそうだけど。ちょっとこの辺の事情は翻訳書を担当している編集者やサブエージェントじゃないと知らないかもしれない。

日本で日本人が日本語の本を読んでいると、日本語翻訳権は日本語国内でのみ流通させられる権利、というのが大前提になってしまって、この「テリトリー権」というコンセプトは実感としてわかりにくいのだけれど、例えば世界中で読まれそうな本の企画があったとして(スティーブ・ジョブスの評伝とか)、原語が英語だと、売り買いされる版権は「世界権」「世界英語圏権」「北米権」などと色々別れていて、テリトリー毎に世界中で切り売りされる。なぜか伝統的に北米権にフィリピンが入っていたり、UK Commonwealth rightsっていうとイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカが含まれていて、ここにたまにインドが入っているとか、いまだに大英帝国というコンセプトが活きているんだなぁと思わされるような、国を超えた括りになる。(私が戸惑っていた頃「その国のお金にエリザベス女王が付いているとUK Commonwealthよ」とわかりやすく教えてくれた版権担当者がいたっけw)

他にも、ヨーロッパ言語の権利だと、スペイン語権はスペイン国内だけのものと、南米も含まれている場合とか、ポルトガル語権を買うとその本をブラジルでも出せるとか、ヨーロッパ圏権にドイツ語だけ含まれていないことが多いとか(これもなぜかは諸説あって面白い)、ドイツ語圏権だとスイスやオーストリアで同じ本を流通させることができるとか、まぁ色々と事情があるわけですね。

日本で言うと、例えば、英語の洋書を買おうとした場合、アメリカ版とイギリス版が両方買えたりするでしょ? 村上春樹の英訳版でも中身は同じなのに、表紙やデザインが全く違っていたりする。あれはアメリカとイギリスの出版社が違っていても、日本はテリトリーとしてどちらにも属していないから(マーケットが小さいのでおざなりにされている面もある)結果として、除外されたテリトリーではどっちを輸入して買ってもいいのだけれど、これがオーストラリアだと、イギリスの出版社がUK and Commonwealth権を買って出している場合、オーストラリア国内でアメリカ版を輸入してはいけない、とか複雑になったりする。

Eブックの台頭で、今までのやり方が通じなくなって混乱を来したのが、この「テリトリー」毎に本を出す、という根本的なシステムだった。なにしろ、どこに住んでいようが、テリトリーに関係なくダウンロードできるのだから。読者にとってみれば、英語版を買うときにそれがアメリカの本だろうと、オーストラリアの本だろうと、あまり関係ないし。

コボがすごいな、というか賢いな、と私が感じたのは、初期の頃からEブックを出すのにも、カナダだけとか、北米だけ、というテリトリー的な考え方を捨てて、世界マーケット共通でEブックを提供できるように、最初から全英語圏Eブック権を買っていたからだ。

これがどういう功を奏したかというと、例えばヨーロッパでは個別にアマゾンがキンドルストアを整備する前に、コボのリーダーを持っていても、持っていなくても、英語のEブックがコボからユーロで買えることが多かった。ヨーロッパだと母国語同様に英語をすらすら読める人が多いので、これがそこそこの市場規模になっていて、例えば「ダ・ヴィンチ・コード」で人気が出たダン・ブラウンの新刊が出ると、まず英語のEブックが売れて、現地語に翻訳している出版社が、せっかく高値で翻訳権を買ったのに、みんな先に英語で読んでしまうと本が売れなくなる、と心配したほどだった。

 

伸びしろのポテンシャルは例えばアフリカ

そしてコボのセルビニスは、もっと広い世界を見ていた。コボはヨーロッパにおける英語版の市場より、もっとポテンシャルの大きい「本の未開拓地」を見据えているのだと常々語っていたからだ。その市場のひとつがアフリカ。今こそ既にアフリカの資源を狙って中国企業がたくさん進出していることは知られているが、その陰でアフリカの文学、出版業というのはまだまだ暗黒大陸の名にふさわしい黎明期前の状態にあると言っていいだろう。

そもそも何かを表現したい人が原稿を書いて、それを印刷し、広く流通させるインフラさえ整っていない。長く続いた植民地支配の名残と、それが原因ともなった内戦が続く地域が多く、本屋どころかまず水が飲める井戸を掘るのが優先される土壌ではそれも致し方がない。

そんな文化的背景があっても、そこに自分の人生の奇跡を記したい、自分たちの身に起こっていることを広く世の中に知らしめたい、という人たち、つまり潜在的な著者がいるわけで、今までのアフリカの現状でななかなかその声が本として広がっていく機会がない。

アメリカの書籍マーケットに入ってくる「アフリカの声」といえばディアスポラ文学で括られる一握りの作家だけになってしまう。チヌア・アチェベやチママンダ・アディーチェは英語で書いているから作品が英語圏でも評価されるけれど、二人とも英語で教育を受けられるナイジェリアの出身という事情もある。アフリカの言語を挙げろと言われても、 スワヒリ語やベルベル語ぐらいしか出てこない私には未知の世界で、 口承言語も多いし、tonalと呼ばれる言語も紙で表現しろと言われるとお手上げ、みたいな言語もある。

そこになぜコボのが光明をもたらすのかという話に戻る前に、アフリカにおける携帯電話のことを例に考えてみたい。日本産の自動車も然りだが、ドコモに代表される日本のガラパゴス系携帯電話は日本国内の市場が飽和状態になって海外輸出を考えた時、その足かせになったのは多機能、高額なスペックだった。日本みたいにそこそこ豊かでなんでも揃っている国で使われているケータイは、アフリカでの生活に必要なガジェットではなかったと言えるだろう。

なにしろ定住せずに季節毎に移動して暮らす民族がいるところでは、まず定住所がないと契約できないなんて無理だし、アフリカでは契約によるポストペイドでのケータイ利用ではなく、SIMカードの購入による利用がデフォだ。iPhoneも容易にアンロックできない日本とは全然違う。通信会社は元どこの植民地だったかに左右され、イギリスのVodafone系とフランスのOrange系、そこにインドのAirtelや南アフリカのMTNがマーケットを牛耳っている。ネットワークもまだまだ2Gが多いし。

そんな事情もあってハードウェアの方も、他の国から流れてきた中古品が多い。後は中国製(というかアフリカ国内に工場がある)。つまり安い。アフリカではワンセグなんて要らなくて、ひたすらテキストとネット通信ができればいいということになる。だからもっさいデザインのノキアのケータイでも十分、ということになる。それよりも大事なのは灼熱の砂漠でも壊れずに動きます、みたいな耐久性だったりするし。

アフリカの出版業界もこれに似て違わず、つまり日本のように紙が豊富にあって、すぐに何でも印刷できて、出版社がたくさんあって、取次がちゃっちゃと書店に本を流通させるという物品のインフラがそもそも整っていない。だけど、コボのサービスさえあれば、専用のリーダーがあってもなくても、自分で書いたものをアップして誰でも読めるようにし、印税を受け取ることができる。アマゾンは対応している言語が限られていて、今まで発表されたのはメジャーな10数言語という感じだけど、そこだけコボは80言語に対応してます、と謳っている。

もちろん、コボの仕組みが回り出してアフリカ文学といえるものが育つのにはまだまだ時間がかかるかもしれない。だけど、セルビニスみたいにITの分野でゼロから事業を興してきた人にとっては、日本みたいに既にマーケットが飽和状態でたいして伸びしろが見込めない出版業界よりのよっぽどポテンシャルが大きくて、しかもワクワクする事業なのだろうな、と察する。そしてそのマーケットはアフリカに限らない。今までマーケットが小さすぎて思うように海外版権を買って自分たちの言語に翻訳した本を出せずにいた出版社の多い東南アジアの小国や、大陸のほとんどがとりあえずスペイン語でコミュニケーションの取れる南米も、これからEブックが普及することによってガラッと様変わりする可能性は大きい。

とりあえず同じBRICの国でもインドは例外かも。既に英語という共通語があるため、アメリカやイギリスの出版社が姉妹社を置いているところが多いので、今後成長したとしても美味しい部分は英米に持って行かれそうだから。

そして中国マーケットは書籍市場としては大いなる例外というしかないですな。経済成長が著しいとはいえ、なにしろ共産国なので物品はこれからもどんどん消費するようになっても、言論の自由が制限されている国ではなかなか面白い本は生まれにくいし、そもそも「版権」というコンセプトを理解して、それを尊重した取引ができるようになるとも思えないしね。

 

夢の終わり

ということで、Eブックがもたらすいちばん大きなdisruptionは、紙の本がなくなるとか、町の本屋さんがなくなるとか、そういう小さいことではなくて、それぞれの国が金持ちか、ビンボーかということを超えて、自分たちの物語を紡いでいけるインフラができる、ということなんだと思う。コボはアマゾンの陰で二番煎じに甘んじるしかないショボいEブックデバイスではなくて、世界のどこにでも持っていけて、世界のコンテンツを楽しめるインフラを築くひとつの柱になりえたのかもしれない。

でもそんな夢ももう終わり。それでなくても翻訳書の売れ行きを見る限り、海外発コンテンツにあまり興味がない日本から親会社楽天が新たにCEOとして本社に送り込んできたのはコストカット奉行様らしいから。セルビニスは副会長としてコボに残るということだけど、そのうち他のセルフパブリシングサービスからお声がかかれば引き抜かれていくかもしれないし、またIT系の事業を始めるかもしれないという気がする。

 

追記

アフリカやインドなどの発展途上国ではケータイを使ってテキストにアクセスすることによって識字率が上がる。特に女性や子どもはケータイで本を読むようになる、というユネスコの調査を見つけた。

だが予想されていた通り、着任まもない相木CEOの下、コボはトロントの本社で従業員の1割に当たる約60名を解雇

 

 

 

 

 

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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