いつまでも空気やラベル読んでたら、国際社会で何も主張できなくて困るんじゃないかという話。


今まで点でしか気づかなかったことを自分なりに繋げてみる。点と線。そこから浮き上がる図は見当違いのものかも知れないけれど。点1

日本にはホント、自販機が多い。これは日本を訪れる外国人がよく指摘していることだ。何がスゴイって、どこにでも自販機があって、それがどれも壊れてなくて、ぶっ壊してお金を盗っていく人もいなくて、表示通りのモノが出てきて、中にはパネルに人が現れたり、声が出たり…。

ウィキペディアにも日本の自販機は人口比で23人に1台でいちばん多いと書いてある。缶ジュースだけじゃなくて、種類もさまざま。こんだけコンビニがあってまだ足りないんすか?と思うくらい多い。

点2

身障者福祉アドヴォケート(と勝手に付けてみた)の大野更紗さんがツイッターを通して広めている「見えない障害バッジ」。これを付けることによって少しでも障害を抱えて見えないところで苦しんでいる人がラクになるのなら反対はしない。でもちょっと引っかかるんだよなぁ。

点3

私が繋がっている在外者組のツイートでよく話題になるのが「日本の社会って妊婦に優しくないよね」という話。いかに日本以外だと周りにいる“見知らぬ人”が当たり前のように席を譲ってくれたり、階段でベビーカーを運んでくれたり、カワイイねと話かけたりあやしてくれたりしてくれるか、と報告しあうことになる。

そして一方の日本では若い女性が泣いている赤ちゃんに舌打ちをして、それをツイートした人がいて、その是非について(多くの場合、母親からの意見抜きで)あれやこれやと議論される。

点4

日本人のラベル好きなことと言ったら! 小学生の名札に始まって、車には若葉マークともみじマーク、赤ちゃんができたら「妊娠してます」バッジ、募金したら赤い羽、ラベル作るためだけの道具P-Touch、「ハーバード流の~」とまるで枕詞のようになっている本、ヴィトンのモノグラムにシャネルのC、弁護士バッジに議員バッジ、馬主バッジまであるのかよww

 

線:

要するに、みんながラベルや空気を読み合って「和」となす文化なんだよね。Non-verbalコミュニケーションを重視する。何も言わずに缶ジュース買ったり、一言も交わさずに席を譲ったり、自分が何者であるかを知らしめしたり…。親にパラサイトして何年も引きこもることが可能だったり…。

こういう声をあげない文化の危うさというか、日本という“ムラ”の中でしか通じないことやってて大丈夫なのかなぁ?と思ったりする。どうせまた出羽の守と言われるのを承知で言えば、グローバルなレベルで、つまりこの独特の日本文化を共有しない人たちとコミュニケーションをとるには、やっぱり言葉で口に出して表現しないと伝わらないし、それをわかれというのは押しつけがましい傲慢に他ならない。空気を読むなんて、世界相手にそれは通じないでしょ?という気がする。日本人同士でも通じないことが多いんだから。

でもって恐いなって思うのは、こういう「言葉のコミュニケーション」って普段からやってないと身につかないんだよね。日本人がいつまでも英語を勉強しても、結局日常会話はおろか、国際的な場で発言できないのも、プレゼンやマーケティングが下手で韓国や中国のメーカーにしてやられるのも、対人恐怖症の引き籠もりの人が増えているのも、政治家が失言するのも、根っこのところでは同じ問題のような気がしている。普段から空気読み合って、遠慮して、社交辞令ばっかり言って、電話の代わりにメールで済ませて、ストレス溜めている場合じゃないと思うよ。

確かに、話し言葉だけで自分が伝えたいことをいつも100%伝えるのは至難のワザ。でも、「恥ずかしいから」と失敗を恐れてなるべく話さないようにするのは逆効果でしょ。でもこの先、どう文明やらインターネットが発達しようが、避けられないとは思うんだよね。日本語でさえもそれができない人が、どれだけ勉強しても英語だけペラペラになったりはしないし、生活の全てを自販機とコンビニと食券のある飯屋で済ませるような人に素敵な異性との出逢いはあまりないだろうね。

一言二言、口に出せば伝わる情報をすべてラベルで表示することに私はすごーく違和感を感じるんだよね。すぐ見てわかるラベルといえば、昔ユダヤ人の人がナチス占領下で黄色い星を(そしてゲイの男性がピンクの逆三角形を)付けさせられたことがありましてね。中には混血だったり(ヒットラーでさえも!)、典型的なユダヤ人とされる風貌とは異なる人もいたりして、一瞥でスパッといかないところを、黄色いダビデの星でハッキリさせたということもあって、世の中ラベルを付けると便利なこともあるけど、そうじゃないこともあるんじゃないの?と思うわけです。

 

written by

ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
  • Ume Take

    日本のムラ社会にどっぷり浸かり生きている自分でさえ、いつもこの国に違和感を覚えていることがあと2つあります。

    1つめは、どこに行っても注意や警告の放送が流されている騒音社会だということ。
    駅のホームでは電車発着のたびに駅員が注意をがなり立て、エスカレーターではエンドレスで乗降の注意を流し続けています。
    これも一種の「注意を促した」という責任逃れのためのラベルで、建前だけが惰性のまま日常化した存在に見えます。

    もうひとつは、大勢の前で何かものを言うとき、皆が判で押したように書いたものを読み上げること。
    政治家の演説から冠婚葬祭のあいさつ、さらには企業や組織の不始末のお詫びまでが謝罪文。
    「おまえ、それ謝ってないだろ。ただ読んでるだけじゃないか!」そう怒る日本人がいないのが不思議。

    というわけで、今回の話で頭に浮かんだのがコチラの動画。
    http://www.youtube.com/watch?v=wW_30utOjHc

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