West Village


私がもしもウンとお金持ちでマンハッタンのどこでも住めるのならウェストビレッジを選ぶと思う。この辺りは市内でも一番の旧市街で、建物はおそらくどこもエラク狭くて古ーいだろうが、建国200年そこそこの「若国」アメリカにありながらヨーロッパの街並みに似ている雰囲気がある。家賃が高い、というよりは、皆、なかなか引っ越さないのか滅多に物件が出ないし、ノリータだのダンボだのと「トレンディー」な区域と違って、浮き沈みがないというか、値段が下がらないから手が出ない。街並みを楽しみながら散歩するのならタダだからいいけどね。

交通量の多いハウストンと6番街の交差点をほんのちょっとだけ北に行くと、この界隈を斜めに走るベッドフォード通りの入り口が見えてくる。ハドソンとクリストファーの交差点から一本東に入ったところから歩き始めてもいい。この辺は昔からのユニークな建物が残っているブロックなので、建築マニアの間でも必見の場所となっているらしい。

とりあえず、「文学散歩」というからには見てほしいのは、ベッドフォード通り75半番地(75 1/2 Bedford St.)にある、市内で一番幅の狭いおうち。75と半分、という具合に番地も半分だけしかもらえないのも見て納得。写真ではわかりにくいかもしれないが、てっぺんがギザギザの2等辺三角になっている真ん中の建物で、幅は3メートルもなさそう。

ここに住んでいたのは、エドナ・セントビンセント・ミレイ(1892-1950)という女流詩人。玄関の上にそのことを示す赤い銅板がついている。ミレイは「The Ballad of a Harp Weaver」でピューリッツァー賞をとっているけれど、私が覚えているのは確か「Time will not bring relief」という詩。「みんな、私に嘘ついたわね/時が経てば彼を忘れられるなんて/何を見ても、どっちを向いても/思い出しちゃうじゃないのよ」てな具合で、失恋しながら周りに当たり散らしているところがミョーに共感できたんで、印象に残っている。


ミレイ本人は、検索をすれば写真が出てくると思うが、線の細そうなたおやかなイメージなのに、けっこう奔放なフェミニストで、1920年代を代表する恋多きボヘミアン人生という言葉がピッタリしそうな人だったらしい。若い頃はその才能と美貌を活かして女優として舞台に立ったり、脚本を書いたりもした。文士仲間にも人気があり、あっちからもこっちからもプロポーズされまくりで、たーいへんだったとか。一応、結婚もしたけれど、その間も男女問わず大勢の恋人を作り、決して裕福ではなかったもののその才能を愛でられ、大勢の友人に囲まれた生活を送った。

ついでに言えば、この狭ーいおうちには、かつて俳優のジョン・バリモアやケイリー・グラント、マーガレット・ミードなんかも住んでいたことがあるらしい。しかし、あまりにも狭くて居心地が悪いのか、長く住んでいたことのある人は少ないんだとか。


ここから少し北西に(番地が増える方向に)進むと、道を挟んで何の変哲もないクリーム色に塗られた86番地の建物がある。これが実は「Chumley’s」という昔のスピークイージー(闇酒場)。1920年代にアメリカが禁酒法を施行した時に、内緒でお酒を飲ませていた場所なんである。(お上に楯突く飲んべえの強ーい味方!)内装も外装もほとんど当時のまま。だからもちろん、表に「チャムリーズ」などという看板があるわけはない。昔は、この裏手にある出入り口に行って「山」「川」じゃないけど、合い言葉を言わないと入れてもらえなかった。

アメリカ英語には、奇妙な表現として「eighty-six(動詞)」する、というのがある。「客の応対を断る」とか「追い出す」という意味なんだけど、この語源はどうやらこのチャムリーズから来ているらしい。つまり、通りに面しているドアからは客を入れないので、「86しとけ」っていったら「追い返せ」って意味。入り口としては使われなかったけれど、時々、出口にはなっていた。時折り、警察の手入れがあったそうで、いざというときはオーナーのチャムリーさんが裏口でおまわりを引き留めている間に、客を86番地のドアから逃がしていたんだとか。

今ではなかなか雰囲気のあるバーで、ぎしぎしと古そうな階段を上り下りすると、グラマシーパークのピーツ・タバーンやここで紹介するホワイトホース・タバーンのような雰囲気。かつてここに出入りしたという作家たちの名前を挙げてみようか。ウィリアム・フォークナー、シモーヌ・ド・ボーボワール、ディラン・トーマス、ウィリアム・バロウズ、ジョン・チーバー、オーソン・ウェルズ、e・e・カミングズ、アーサー・ミラー、アナイス・ニン、J・D・サリンジャー、F・スコット・フィッツジェラルド、アレン・ギンズバーグ、エドナ・ファーバー、アーネスト・ヘミングウェイ、シンクレア・ルイス、ジャック・ケルアック、ジョン・スタインベック、そして上述のエドナ・セント・ビンセント・ミレイと、豪華絢爛。壁にはこうした作家たちの本の表紙が所狭しと飾られている。

文学とはあまり関係がないけれど、もう少し北の 102番地に「ツイン・ピークス」というちょっと変わった建物がある。当時この辺りの建築がつまらないからと、どこぞのお金持ちが娘のために面白い家にしようと建てたものだとか。このご近所では「ヘンゼルとグレーテルのおうち」と呼ばれているらしい。

ベッドフォード通りを北西にずんずん進んで、クリストファー通りにぶちあたる1本前のグローブ通りでハドソン通りに向かって進んでみる。この辺りは道路が斜めに交差しているので道に迷いやすいが、このグローブ通りは落ち着いた雰囲気でそぞろ歩きに向いているかもしれない。左手の一角に、つい見落としてしまいそうなゲートがあって、そこには奥まった中庭がある。「Private Court/No Trespassing(私道につき立入禁止)」と書かれたゲートの奥に見える建物には、かつてO・ヘンリーの娘が住んでいたことがあって「さいごの一葉」はこの場所をモチーフに描かれたとされる。

確か病弱な少女が窓から見える木の葉っぱが全部散ってしまったら私も死んでしまうんだわ、とか言っていて、画家のおじさんが嵐にもかかわらず外に出ていって葉っぱを描き、彼女の病気が治るのと裏腹に今度はおじさんが肺炎で死んでしまうという、切なくも悲しいお話。

グローブ通りをまっすぐ行けば、後はハドソン通りに突き当たる。右に折れて進むと、この通りにはカフェやら、レストランやら色々並んでいるので、気に入ったところがあれば入ってみるのも良し。メキシコ料理がお安い「Cowgirl」とか、ケイジャン料理の「Sazarac House」はお薦め。お土産を探すなら555番地の「アート・オブ・キッチン」で面白い台所用品を掘り出してみてほしい。

そしてもう1ヶ所、文学ゆかりのバーといえば、この辺りでも一番古い「ホワイトホース・タバーン」。ハドソンと西11丁目の角にある。暖かい季節には外のテーブルもいいが、いくつ部屋があるの?ってなバーもいいでしょう。古いはずだよね、今調べてみたら1888年創業。外壁が木でできているっていうのも珍しい。チャムリーズと同じく、禁酒法時代にはスピークイージーになったし、「ビレッジ・ボイス」紙を創刊したノーマン・メイラーも仲間とここで打ち合わせをしたとか。他に、ここで飲んだくれていたので有名、といえばジャック・ケルアックでしょう。酔って暴れて何度もつまみ出されたらしいし、ガールフレンドのジョイス・ジョンソンとここでケンカをしたエピソードが「Desolate Angels」にも書かれているぐらい。

食事はハンバーガーに始まってツナメルト・サンドイッチ(あったかいシーチキンのサンド)で終わるっちゅーくらい、何の取り柄もないメニュー。ハウスビールのホワイトホース・エールはアンバー系でなかなか美味しいが。でもね、こういうところに味を求める方が間違っていると思うよ。かつてここに集まった文士たちも、口角泡飛ばして議論に熱中しに来ていたんであって、食べ物が不味かろうが関係ないわけよね。座るなり「いつものあれ」が出てきて、仲間とワイワイやれればいいんだから。写真はガイドブックなんかにも載っていると思う。けっこう有名どころだし。

West Village

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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