米出版界の未来がちょっと見えてきたような夏—The future of US publishing industry is here


もし、アメリカの出版の歴史を振り返って「本の電子化によって出版業界の再編成が始まった」とされる時があるとしたら、それは2013年7月だろうなと思ったりする。この時期に何が起こったのか?を挙げてみる。

1)競合社の追従を許さない安売りで(紙も含めた)書籍市場を掌中に収めたアマゾンが本の値段を上げ始めた。

この時点でアマゾンのシェアはEブック市場の60%、紙の本の25%とされている。どちらももちろん、トップの数字だ。時にはダンピングとも思える原価割れのディスカウントで本を安く売り、売上げを伸ばしてきたアマゾンだが、このところひっそりと、学術書や零細出版社の本を中心にディスカウント率を下げて、つまり本の値段を上げている。

アマゾンがどの本をいつどの値段で売っているのかを外部が正確に把握することはほとんど不可能だが、ニューヨークタイムズの記事によると、シカゴの本専門マーケティング会社が18社から聞き取りをしたところでは、そのうち14社が、アマゾンはここ数年で学術書の値引き率を減らし、特に売り足の鈍い既刊タイトルについては定価に戻しているのもあるという。版元の方では今まで通りの小売り希望価格で、今まで通りの掛け率でアマゾンに卸しているので、特に値上げする理由は思いつかない、と。

私は今までアマゾンの脅威についてなんどもブログに書いてきたが、それは決して「打倒アマゾン」などという国内需要向けのスローガンで対峙できるような容易い仮想敵で片付けてしまえるからはない。アマゾンなしでは本を売る手段がない、アマゾンなしには読者の元に本を届ける術がない規模の小さな出版社がほとんどだということを痛感しているからだ。

出版社にとっていつかこの日が来るとわかっていながら依存せざるをえない事情があったのだ。そしてそれは、ボーダーズが潰れ、金食い虫のEブックデバイスによってバーンズ&ノーブルが店舗数削減策を余儀なくされ、ターゲットやウォルマートといった量販店で本が食料品や衣料品とともに売られ、人々がモール(複合ショッピングセンター)に足を運ばなくなり、街中の商店街に並んでいたインディペンデント系の本屋さんがとっくの昔に潰れた今となっては、アマゾンこそが本を売ってくれる救世主でもあるからだ。

本の購入に限らず、アマゾンのサービスがどんなに便利かは使っている人に聞くまでもないだろう。これからも町の本屋さんになくならないで欲しいと思うのなら、客の方から意識的に守っていかなければならない時代なのだ。書籍の定価販売という平衡装置がないアメリカでは、アマゾンがキンドルサービスを始める以前から、つまりバーンズ&ノーブルやボーダーズが紙の本の安売りを始めた頃から著者も書店もそれをどうやって克服するかを考えてきた。ニューヨークにあるインディペンデント系書店は特に店賃が高いため、店も当然のように「うちで見てアマゾンで買うのはやめてね」と客に伝えているし、意識的に買ってくれる客のつかない店は潰れている。著者も全国のインディペンデント系書店を回るツアーを組んだり、Eブックの販売を敢えて見送るなどの努力をしている者もいる。

アマゾンは学術系や小さい版元とはエージェンシー・モデルではなく、ホールセラー・モデルを使っているところも多いので、アマゾンがリテールレベルでディスカウントを軽減し本の値段を上げたところで版元に入ってくる卸売りの金額が増えるわけではない。だから読者から値段が上がったと知らせてもらうまで値上がりの事実に気づかないことさえある。ユーザーも、あるタイトルを定点観測していないとわからないので、多くの場合はそのうち買おうとカートに入れておいた本が、いざ買おうとすると値上がりしているのに気づくという具合だ。そしてそれに気づいて他で買おうとしても、その「他」がないとしたら…。本の値段もアマゾンの胸三寸、という時代に入ったのだ。

 

2)書籍出版大手のランダムハウスとペンギンが統合

2012年10月に統合が発表された時は誰もが驚きを隠せなかった。最大手6社を「ビッグ6」と呼ぶが、それが一夜にして「ビッグ5」になるのだから。少し背景を補足すれば、ペンギンの親会社はイギリスのメディアコングロマリットであるピアソンで、ここも前CEOマージョリー・スカルディーノが退いてからは、グループの中でもシナジーにあまり貢献せず、利益率も成長も期待できない書籍部門であるペンギン社をピアソングループから切り離そうという話はあった。

一方、ランダムハウスの親会社はドイツのメディアコングロマリットであるベルテルスマンで、こちらはニュースメディアはあまり持たず、印刷会社や製紙会社、雑誌社をメインとしたグループで、オーナー一族であるモーン家はあまり儲けがどうのこうのとうるさいタイプではないし、もう既に業界最大手の規模なので、さらに大きくなっても大丈夫との判断か。

アマゾン相手に書籍の卸値段の交渉をするには、もはやサイズで勝負、ということなんだろうな。両社合わせて年商4000億円近く、従業員1万人、書籍市場のシェアが25%ぐらいになる規模。

日本で言えば講談社と集英社がくっついたようなものか。いや、例えば紀伊國屋書店などのベストセラーリストで、トップ50タイトルやトップ100タイトルが並んでいるような。あの売れ筋リストの半分を1社が出すことを想像してもらいたい。(本をぜーんぶ含めたシェアは25%だが、売れ筋の本だとそうなる。)表向きには250近いインプリント名を残してあるので「ペンギン・ランダムハウス」の名前がベストセラーリストを独占することはないが、この規模になってようやくアマゾンに対し、強気とまではいかないまでも同等に交渉できるというわけだ。

他の出版社もメリットがあると思えばこれに続くだろう。もう少し小さいところではディズニー傘下の書籍部門、ハイペリオンをアシェットが買収していたり、ハーパーコリンズはEブックなどの部門を親会社ニューズ・コーポレーションが持つニュージャージーの総務部があるところに移したりして経費削減を図っている。

 

3)バーンズ&ノーブルがタブレットを断念

2012年は、Nookタブレットがふるわず、紙の本の売上げも食ってしまうほどの大赤字決算。その結果、若手IT系CEO、デイビッド・リンチが辞職となった。

バーンズ&ノーブルがタブレット作りを諦めるのは正しい判断だと思う。そもそもタブレットは「読書用」のガジェットにはなりえないので、それを独自に開発したところでそれを買った人たちがBN.comから本を買うわけではないのだから。NookのOSソフトももうこの際、アンドロイドにして、後はBN.comで本やEブックを買ってもらえるように、アマゾンに負けないインターフェースを開発していくしかないだろう。

Nook部門にはマイクロソフトが興味を示していてかなりお金を突っ込んでいる。この際、部門ごとスピンオフして売却するのもアリだろう。リンチCEOの後釜は決まって折らず、レン・リジオ会長がしばらく統率する見込み。ボーダーズなき後、全国的な書店チェーンと言えるアカウントはバーンズ&ノーブルしか残っていない。今後はそっちをどう守っていくかに集中していくだろう。

 

4)アップル対司法省の判決でアップルが敗訴

裁判そのものについては既にブログに書いた。アップルは上訴すると思われるが、これは事実上アマゾンの勝利。つまり今後もアマゾンに対抗しうるビジネスモデルでEブックマーケットに新規参入するのは難しいということだ。アマゾン以外のEブックサービスにできることがあるとすれば、DRMを外してウォーターマークあたりで、キンドル以外のどのデバイスでもEブックが読めるようにしていくのはどうだろう。

アップルはデバイス売ってナンボのビジネスなので、今後もこのような訴訟のリスクを冒してまでEブックのようなコンテンツを売っていこうとはしないだろう。アプリでさえ、外部からは必ずしも透明とは思えない自分たちの基準で審査しているぐらいだから、セルフ・パブリシングをやってエロや盗作だらけのコンテンツなど欲しいとは思わないはずだ。

やるとしたらiAuthorを使ったエンハンスト・コンテンツを充実させて、アンドロイドアプリでは再現できないようにして、アマゾンのファイヤーでは読めません、ってのを出版社か、あるいはIT系ベンチャーに作らせるという手もあるかな。特に教育系のコンテンツで。

 

5)Eブックの急成長に翳り

2013年に入ってからEブックの成長率が今までほどふるわなくなっているという報告がぼちぼち出始めている。第1四半期は前年比で5%増と一桁にとどまった。これはちょうど昨年の今頃は「ハンガー・ゲーム」や「50シェーズ」などのヒットシリーズがあったせいもあるが、やがて紙の本はなくなる、などという予測はハズレだとことだろう。

これは今年のブック・エキスポでも感じたことだが、出版社にとってはそんなに悪いニュースとは思えない。Eブックがどこまでも普及して紙の本に取って代わるわけではない、ということが実感として感じられるからだ。ちなみに第1四半期の前年比でいうと、ハードカバーは多少落ちたものの(-0.4%)、ソフトカバーは微増(+1.7%)しているぐらいなのだ。

 

これらのことが7月8日あたりに次々起こり、米出版業界は次のステージに入ったのだなぁ、という気がしている。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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