知られざる業界の権力者、B&Nバイヤー


アメリカのベストセラーリストを左右できるほどの実力者といえば、テレビの人気番組で本を取り上げるオプラ・ウィンフリー、そしてニューヨーク・タイムズの書評家ミチコ・カクタニ、この両者の名前は、業界関係者でなくても広く知られているでしょう。

もう一人、挙げるとすればセッサリー・ヘンスリーでしょうね、間違いなく。アメリカの書籍業界についてよほど詳しくないと、名前も聞いたことがないかもしれない。業界誌パブリッシャーズ・ウィークリーのサラ・ネルソンのコラムは、読売の「本のとびら」で時々読むことができるようなので、おそらく彼女の名前も言及されたことがあるのではないかと察するわけですが、名前を聞いただけじゃ、彼女が誰で、どのぐらいの力を持っているのかは伝わらないかも。

ヘンスリーは全米一の書店チェーン、バーンズ&ノーブル(以下B&N)の「チーフ・フィクション・バイヤー」。手っ取り早くいえば、仕入れ担当者。B&Nは全米に700店舗の大型書店と、B・ダルトンというモール店を200店舗ほど抱えているが、ここはかなり中央集権体制が徹底していて、どの本を何冊仕入れるかはほとんどニューヨークにある本社で采配するのです。

日本では、こういうのはNやTなどの取次業者が仕切っていて、版元の方から、「初版○部で出しますんでヨロシク」を頭を下げ、後は取次がどの書店にどのぐらい配るかを決めちゃう。こういうシステムだと結局、大量部数をねじ込んでくる大手出版社が有利になりがち。

ところが、アメリカは取次に対してもアドバンス・セールといって、カタログを作り、見本刷りを配り、色々とアピールして注文を取らないと本は売れない。どんなベテランの大御所作家でも、無名の新人でも同じ。つまりは、どんなに大きな出版社がどんなに売れっ子の作家の本を出そうとしても、ヘンスリー女史のおメガネにかなわなければ、B&Nで大量に売りに出されることはないという厳しい事情なわけ。

で、このセッサリー・ヘンスリーという人、どういう人なのかと言えば、元々B&Nに吸収合併されたB・ダルトンで学生のアルバイトから始めた叩き上げ。見た目は、いかにも南部出身とおぼしき普通のオバサンです。Sessaleeという名前の発音は、早口で言うとシシリーに似ているけど、アメリカでもかなーり珍しくて、この人以外に聞いたことがないな。

ボーイフレンドが彼女が言うほどマルケスの『百年の孤独』を好きじゃなかったと理由で別れたとか、そもそもダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』を最初に「売れる」と言ったのが彼女だったとか、伝説の多い人。本のことについて聞く以外はインタビューにも応じないので、プロフィールもナゾ。

アメリカの出版業界ではシーズン(大手は年3期、他は年2期)ごとにpre-sales meetingといって、書店などのアカウント(アメリカでは本屋さん以外の場所でも本を売っているので、日本の業界で書店、というくくりに書店以外が入るのでこう呼ぶ)の代表者を招いて、この先出る本のお披露目をしてフィードバックをもらう、というプロセスがあるのですが、このセッサリーおばさんも当然、超VIP待遇でこの会議の席に呼ばれる。そこで彼女が「ん〜、ちょっとその表紙デザインはいただけないわね」とでも言おうものなら、編集長レベルのエディターが恐縮の表情で「へへぇっ、さっそく作り直させますんで」ってことで速攻、デザイナーに発注し直しってことになったり、「こういうのはあんまり読者がいるとは思えないんだけど」なんて感想を言えば、次の編集会議でぐぐぐっと初版部数が半減したり、なんてことになるわけですな。

そんなに影響力のある人物がいちゃってもいいのか?という感想もありましょう。でも、セッサリーさんもだてに20年もバイヤーをやっているわけじゃありません。読む本の数も半端じゃない。そして、ここが彼女のすごいところなんだけど、自分はこれから出るメジャーな本は内容的にも網羅しているけれど、本屋に入ってくる読者のこともよくわかっている。例えば、彼女が本の表紙にこだわるのは、まだ本を読んでいない人や、普段あまり本を読まない人が、どんな表紙にピンと来て、その本を取り上げるのかを忘れないところだ。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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