元CIA長官のメモワールは言い逃ればかり


元CIA長官ジョージ・テネットのメモワール、『AT THE CENTER OF THE STORM(嵐のただ中に)』が刊行された。CIAのように国家機密に関わる機関で仕事をした人間が本を出す場合には、退職してからも許可を申請し、事前に原稿を提出して内容をチェックする必要がある。テネットはクリントン政権時代にCIA長官に任命され、9-11の同時多発テロ事件やアフガニスタン侵攻、さらにはイラク戦争開戦時に、誰よりも正確にテロリストの動向を掴んでおくべき人物だった、といえる。それが周知の体たらく。テロは防げなかったし、オサマは捕まらないし、フセインはWMDなんて持ってなかったし。今回のメモワールも特に新しい事実はなく、テネット自身の「言い逃れ」「責任逃れ」に終始した感が否めない本だ。

テネットは2001年7月時点の事前調査でアルカイダが同時多発テロを計画していることを掴み、コンドリーザ・ライス国務長官に提言されたが却下されたとしている。

サダム・フセインがイラク国内に大量殺人兵器を持っている証拠があるかと大統領に訊かれ、「スラムダンク(間違いなし)」だと答えたとされているのは、これだけの証拠を挙げて大統領が直にアメリカ国民に訴えれば「説得力としてはスラムダンクだ」と言ったのだと言い訳。

コリン・パウエル元国務長官が国連でイラク攻撃を訴える演説を行った時、ジョージ・テネットは彼のすぐ後ろに座っていた。サダム・フセインが大量殺人兵器、細菌兵器を既に持っている、あるいはすぐに作り出せる状態にあるというデータが怪しいものだと知っていて、黙っていた。

多くのイスラム教徒を拘束し、拷問にかけていると指摘されるも「拷問はしていない」と言いながら、今実際に行われている自白誘導方法(?)と、拷問はどう違うのかに決して答えようとしないどころか「おかげで平和が保たれ、アメリカ市民の安全を守っている」と言い切る。

メモワールでは、チェイニー副大統領とそのシンパには言いたい放題なのに、なぜかブッシュ大統領にだけは甘い。周りは「勲章をもらったからだ」と揶揄しているが、少しでもブッシュ政権の実態を見極められる人なら、ジョージ・ブッシュはただのバカ息子で、チェイニー副大統領を始めとするネオコン一派にいいように操られていることを知っているからこんなものなのか、あるいは2人の間に、「根はお人好しだけど、周りに利用されている、押しとオツムの弱い者」同士という変な友情があるのかはよくわからない。

いずれにしても時既に遅し。テロは起こっちゃったし、イラク戦争は泥沼状態だし、アメリカの外交は失墜したし、今さらなんだかんだ言い訳されてもねぇ。

これだけじゃ、出版業界の裏話にはなっていないので、蛇足的に秘話を紹介しましょう。実はこのメモワール、2004年にクラウンという別の版元から出るはずだった。しかも400万ドルという破格の契約金で。だけど、色々とCIAの拘束がうるさいし、テネット側がもう少しちゃんとリサーチして時間をかけたいと言ったことから話がこじれ、結局、原稿が締め切りに間に合わないことを理由に本の話は白紙に戻された。それを今度は別会社のハーパーコリンズが拾った企画なんだけど、担当編集者がデイビッド・ハーシーとキャシー・ハック=シーモアというコンビ。で、なんでこれが臭うのかと言えば、デイビッド・ハーシーは他にも政治関係のノンフィクションを編集しているからいいとして、もう一人のハック=シーモアが担当している著者の中に、Dare to Repairという日曜大工のガイドみたいなシリーズを出しているステファニー・グラカス=テネットという著者がいるのだ。そう、早い話がテネットの奥さん。家族ぐるみのおつきあい臭がプンプン。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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