アメリカで大ヒットしている少女向けSMのエロ本がヒドい—Erotica for teens is a sleeper monster


今アメリカで密かに大ヒットしている本がある。ていうか、既にあちこちで「こんな本が実は売れている」というニュースになっているので、秘密どころか堂々たるベストセラーといってもいいくらいなんですが。

タイトルは「フィフティー・シェーズ・オブ・グレイ」。(←英語で書くとどっかの検索でウルサイ人たちが引っかかってくるので敢えてカタカナ表記にした)要するに、色々な影の顔を持つグレイさん、という意味。(この先はエロ本の紹介なので、R指定であることを一応お断りしておきます。ま、たいしたことないんだけどさ。)

このタイトルがベストセラーになった背景を紹介したいんだけど、これ以上この本の売上げに貢献する義理もないので、あらすじを書いてしまうと、主人公は大学卒業を控えた内気なアナ(穴でもアンナでもない。アナスターシアのアナ)、実はチェリー娘。ルームメイトのケイトに比べたら、あたしブロンドじゃないし、ドジっ娘だし、ブロンテやオースティンをこよなく愛する文学少女なの。てへっ。(いや、ほんとに、どこの萌えマンガかよ、みたいな設定なのだよ。)

そんな萌姫アナが偶然出会ったのがクリスチャン・グレイ。超大金持ちで、ハンサムで、背が高くて、若いという、アリエネー王国の幻プリンス的な設定。そのあり得ない若社長くんと惹かれ合うも、彼は「僕はダメだよ、キミにふさわしくない」とか言っちゃって、実は倒錯したドS、大邸宅にはゴージャスな「赤い苦痛の部屋」が用意されていてビックリという展開。

でもグレイはストーカー癖がある以外は(貧乏オタクがやると警察に通報されていいレベルなんだけど、プライベートジェット飛ばしたり、ホテルやドレスを勝手に用意したりするとロマンチックな行為になるんだからお金持ちは得だよねって話)とことん紳士なので、いきなり縛り上げるわけではなく、アナとは特別に「バニラ(普通の)セックス」をするときも律儀にゴムつけてくれるし、真っ赤なスポーツカーも最新型のマックも買ってくれる。

この僕と本気でおつきあいをするのなら、やたら長い契約書で(こういうところが契約社会のアメリカらしいというか、あほくせーというか、意図していない笑いのツボかと思われます。)ロウソクは垂らしてもいいけど、フィストはダメとか、拘束するのは週末だけとか、その辺ちゃんと合意の上でやりましょうね、というお誘いに、アナは彼のこと愛してるけど、できるかしら? 今までどんな人とつきあってきたのかしら?と悶々するのである。

ところで話は一転、エロ本をマジメに評価するのって難しいよね。このエロがすごいと言えば、全然たいしたことないじゃーん、日頃からそんなに貧困なセックスしかしとらんのか?となるし、物知り顔でこんなん全然すごくないと言えば、エロ本を読みあさっているんですねー、やーだスケベ、みたいな反応されるだろうし。ということで、この小説、たいしてエロいわけではない。というか、そんなに残虐なSでさえない。お尻ペンペンがせいぜい。

ということで、ではなぜこんな稚拙なエロ本がベストセラーになったのかを説明するとしよう。

実はこの本、最初は「トワイライト」ファン向けのサイトに投稿された「ファン・フィクション」と呼ばれるものだったのだ。

それにはまず、「トワイライト」や今映画が公開されて大ヒットしている「ハンガーゲーム」の原作になっているフィクションがYA(ヤング・アダルトの略)というジャンルに属していること、日本にはこのジャンルの境界線が曖昧だけど、英米の書籍マーケットでは明確に区切られていることを説明しないといけないかもしれない。

YAは児童書といっしょのジャンルにくくられることが多いが、12~18歳のマーケットで、出版社のインプリントからエージェントまで、明確に分かれている。それだけでなく、本を手に取ったり読んでみたりするとわかるのだが、文字の大きさ、使われているボキャブラリー、値段に至るまで、ティーンエイジャー、それも女の子の読者を念頭に作られていることがわかる。この手の本を作る側はこのマーケットを熟知していることが必要だ。それこそ、自分たちが気に入ったものは大人に教えたくないお年頃だから、けっこうこれが難しかったりするのだが。

大流行だった「ハリポタ」シリーズもこの層をターゲットにした本であり、それを「たまたま」大人も読んだからあそこまで大ヒットになったということができる。その次の大ヒットシリーズがステファニー・メイヤーの「トワイライト」3部作で、映画にもなり、その人気は広く知られるところになった。

なぜ、数多ある吸血鬼が出てくるフィクションが多いアメリカで、この作品がそこまでウケたかと訊かれれば、私なりの答えはこうである。「主人公のためには自らの命をかけて助けてくれる、影のあるハンサムくんが、キミを吸血鬼にするわけにはいかない、と悶々と自分のために耐えてくれるところに米女子が萌え〜っとしたから」。

当然、3部作が完結し、映画が公開される間、トワイライトファンの女子が作っていたネット上のコミュニティーもたくさんあって、そこは多感なおにゃのこのこと、こんな作品も面白かったとか、私もトワイライトみたいな作品を書いてみたんだけど読んでみて、ってな投稿がたくさんあって、その中の一つだった「グレイ」にクチコミで火が付いていった、という成り行きだったわけだ。

「グレイ」が腐女子サイトの投稿小説という枠からブレイクしたのは、おそらく、ティーンエイジャーの子たちもモチロン読んだだろうけど、一方で、娘が何を読んでいるのかチェックしている母親たちがそれを読み、自分たちが普段読んでいるロマンスよりちょっとエッジーで面白いじゃない、とさらに広がっていったと考えられているので、mommy pornと呼ばれることも。

そしてとうとう、その人気が一般の出版社の知るところとなり、ついにはお堅い文芸で知られるクノップフという版元のヴィンテージというインプリントから初版75万部というムチャクチャな紙バージョンが出て、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト入りを果たすという快挙に繋がった。

この紙バージョンが出るまでは、オーストラリアの小さな版元から出ているのを探すか、Eブック版をダウンロードするしかなかった。書店で本を手にとって買ったり、読んでいるところを人に見られる恐れがないことからも「Eブックで読めた」ことがブレイクに繋がったと考えていいだろう。

まぁちょっとジャンルは違うかもしれないけど、いっとき、日本でも投稿サイトのケータイ小説で話題になっているのを紙に刷ってみたらけっこう売れたってのがあったよね。「君恋」とか「恋空」とかそれっぽいタイトルがついてて、中身は拙い間延びした文章で、主人公の女の子が輪姦されたり、エイズになったり、好きになった人が実は異母兄だったりするヤツ。それと似た構造かもしれない。

「グレイ」もかなり、読んでるの辛い「萌え」どころ満載でした。主人公のカップルがわざとらしく「ミスター・グレイ」「ミス・スティール」と呼び合ってたり、「私の内なる女神が…」という臭いフレーズが何度も出てきたり、主人公に唇を噛む癖があって、それをグレイを「僕が代わりにその唇を噛みたくなるからやめろ」と何度も言うあたり、人前だとおどおどしているシャイな主人公が、メールだとけっこう大胆に背伸びした文章を送るあたり…まぁ、キリがないので、この辺で止めておきます。

映画化は、一時期ソニーが映画化権に破格の500万ドル(「ダ・ヴィンチ・コード」でさえ300万ドルぐらいだったはず)を出す用意があると報道されていたが、さらに高額でユニバーサルが獲得。これからもキャストが決まる度にキャーキャー騒がれることになるでしょう。

後日談:

エレン・デジェネレスがオーディオ版を録音しているという設定のギャグ動画Ellen reading 50 Shadesがあったので、サラしておきます。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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