ロンドン文学散歩 その5 ケンジントン


2011年のブックフェアのために訪れたとき、珍しくロンドンはあまりにもお天気がよかったので時差ボケ解消も兼ねてハイドパークを散策。ケンジントン界隈をブラブラしたのは2009年のことだ。ハイドパークの西側はケンジントン公園と呼ばれているが、もちろんそれは昔ケンジントン宮殿の庭だったから。ダイアナ妃亡き今、ケンジントン宮殿にはロイヤルファミリーは住んでおらず、ウィリアム王子とケイト・ミドルトンもここに住む予定はないらしい。代わりにハイドパークを望む高級住宅街はロシア人の成金ばかりとか。おっと、文学散歩のコーナーだった。ハイドパークを北側から入ってロングウォーターと呼ばれる公園内の池のほとりを歩くと、有名なピーターパンの像がある。実はこの銅像、『ピーターパン』の作者J・M・バリー本人が金を払って作らせ、しかも誰にも知られずいつのまにかピーターパンがそこに現れたように見せるため、人を雇って夜中にコッソリ建てられたんだとか。

台座の部分に色々な動物がいて、子供たちが触るためにそこだけつるつる、銅色に磨かれていたりする。

ピーターパンの作者、バリーがルウェリン=デイヴィスの4兄弟と出会ったのもこのケンジントン公園でのことだった。(バリーの生涯についてはジョニー・デップとケイト・ウィンスレットが共演した映画Finding Neverland(『ネバーランド』)が参考になるかと。自らの結婚生活は破綻し、妻との間に子供もいなかったバリーが、未亡人とその息子たちと仲良くなるのをおそらくロンドンの上流社会は良しとしなかっただろうが、それまで作家としてスランプに陥っていたバリーを救ったのはやはり、この兄弟との出会いで生まれたピーターパンの物語だろう。大人になることを拒んでいつまでも少年であろうとするピーターパンとは裏腹に、実際のルウェリン=デイヴィス兄弟の何人かは若くして不遇の最後を遂げている。一人は戦死、一人は自殺、そしてもう一人はテムズ川で溺死。母親も含めて薄幸のファミリーだったということか。そういえばマイケル・ジャクソンもピーターパン願望の強い人だったね。

もう少し池に沿って歩くと、故ダイアナ妃記念の散歩道だの、噴水だのができている。この円形の噴水、reflection fountainというからには、最初は静かに傍らに佇んで亡き王妃を悼む…ものだったらしいが、子供たちが水遊びするプールみたいになっちゃって、ぽかぽか陽気の日曜の午後ともなれば喧しいのなんの…。だけどまぁ、子供好きだったダイアナ妃だからこれもありかな。

ケンジントン公園の南側に抜けて、Palace Gateの1本横の道、De Vere Gardensを歩いて行くと、右手の34番地がヘンリー・ジェームズの家、向かいの29番地がロバート・ブラウニングの家だった。アメリカ人のジェームズはこのアパートが特に気に入っていたようで、公園も近いし、あっちこっちに大きなソファー置いてくつろぐぞ、みたいなことを書き残している。もちろん、ご近所のブラウニングとも知り合いで、共通の知人のお葬式に行くときには一緒の馬車で出向いたこともあったとか。

その先のKensington Court Placeという通りはいかにも高級住宅街という雰囲気。ここの3番地はT・S・エリオットが晩年住んだ場所。彼もケンジントン公園に散歩に出かけるのがすきで、池でボート遊びする子供たちを見に行っていたが、60年代に入ってからはたびたび入院、64年のクリスマスに意識不明となり、間もなくこのアパートで息を引き取ったとか。

ここからしばらくとことこ歩いてショッピング客で賑わうハイストリートケンジントンを渡る。見過ごしそうなKensington Church Walkという小道を通って聖メリー教会に向かう。詩人エズラ・パウンドもこの教会で結婚式を挙げたんだとか。しかも彼は結婚当時ちょうど近所のその小道沿いに住んでいたのだ。中庭に向かっていちばん右の奥の最上階で文字通り教会の陰だったのはいいけれど、いつも教会の鐘の音がうるさいと抗議していたんだとか。そして結婚後もすぐ側のHolland Place Chambers5番地に新居を構えた。エリオットは同じアメリカ人であるパウンドとここで1914年の9月22日に出会ったと記している。しかもシンクレア・ルイスの小説に出てくるアービング・バビットみたいだとまで書いている。「ヤツは俺よりアメリカ人っぽい」と。

教会の裏の小道をさらに坂を上るように進んでCampden Groveで右に曲がる道を行くと1931年にジェームズ・ジョイスが家族と移り住んだ28b番地の家がある。病気の父のそばにいるために、そしてダブリンで出会ったギャルウェイ出身のノラ・バーナクルと結婚しようとイギリスに来たジョイスだったが、ケンジントンでの生活は退屈だったようで、「この辺はまるで墓場」と評したのだとか。

written by

ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
Related Posts
  • Kaz

    『電子書籍大国アメリカ』大変面白く読ませていただきました。寡聞にして、今まで、お名前を存じ上げませんでした。更なるご活躍を楽しみにしています。

© Copyright - Books and the City - All rights reserved.