ポール・オースターと柴田元幸が対談—Paul Auster and Prof. Shibata talk translation in NY

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ポール・オースターと柴田元幸が対談—Paul Auster and Prof. Shibata talk translation in NYBooks and the City

ニューヨークのアジア・ソサエティで小説家ポール・オースターと翻訳家柴田元幸が対談すると聞いて、面白そうだから行ってみた。Lost and Found in Translationと題されたイベントで、ポール・オースター自身、小説を書くだけでなくフランス語の作品を翻訳しているし、柴田先生のところでは文芸誌『モンキービジネス』の英語版を来年早々出す準備に追われているところだろう。

なんとこの2人、もう20年来のつきあいだけど、年に1回顔を合わせるぐらいで、こんな風に一緒に人前で対談するのは初めてなんだとか。仕事相手とこんなに友情を深めてこられたのってラッキーだよね、とお二方。当日はウェブキャストしてたみたいだけど、アーカイブしてなさそうなので書いておく。ほとんどツダっているようなダダ漏れ書きで申し訳ないが。

最初は交互に(日本で刊行されたばかりの)『オラクル・ナイト』から交互に朗読。面白いことに、日本語を読んでいる柴田先生の方がアクションが派手なのだ。

で、今度はお互いに質問っこ。英語の対談なので、柴田先生の口調とはかけ離れてしまうかも知れないけど、そこんとこは私はプロの“翻訳家”ではないのでお許しを。

オースター「英米文学の翻訳をやり始めたキッカケって何?」

柴田「子供の頃、特に本を読みまくったわけじゃないけど、ポップ音楽を聴いたのが外国文化に触れた最初の記憶かな。英語を習い始めたのは皆と同じ、中学に入ってから。大学生の時、英語は得意だったけどね。最初に米文学でインパクトを受けたのはポーの推理小説を読んだ時かな。それからフィッツジェラルド、フォークナーと進んで、翻訳文学というものを考え始めるようになったのは藤本和子の翻訳で白水社の現代米文学を読んでから。そして自分でやりたいと思ったのがS・ミルハウザーとオースターだったわけ」

オースター「そりゃ光栄だ」

柴田「日本に興味を持ち始めたキッカケは?」

オースター「強いて言えば子供の頃の記憶は3つ。ボクは47年の戦後生まれだけど、子供の頃、安かろう悪かろうの身の回り品っていったらメイド・イン・ジャパンだったわけ。今ではまったく逆の、最高級品の代名詞になっているんだから驚くよね。そして2つ目は、子供の頃に観たホラー映画。こっちのテレビで『ゴジラ』をやってたんだよ。後は、近所の子供たちと戦争ごっこをしてたとき、敵役は当然、ナチスか、日本軍になるわけ。高校生の頃に観たクロサワ映画は印象深かった。皆さんは『砂の女』という映画を観たことはあるかな? 映画も良かったけど、そこから安部公房に興味を持って、そこから文学につながっていったんだ」

で、この後、キッカケは覚えていないんだけど、日米ベースボールの話になって、柴田先生が、日本の人たちは日本人選手がメジャーリーグで活躍しているのが気になってしょうがないらしく、毎晩イチローと松井選手がどうだったとかニュースで流すんだけど、肝腎のヤンキースが勝ったかどうかさえわからないこともあるよ、と笑って、その後、アメリカ人は自分たちが世界の中心だと思っているのか、日本のプロ野球の決勝戦は日本シリーズなのに、君たちのは“ワールド・シリーズ”なんだから傲慢だよな、みたいな話をしたら、オースターがそれを遮って、いや、実はね、柴田君、それは誤解なんだよ。ワールドシリーズって、元々、The Worldっていう新聞を出していた新聞社がスポンサーとなって1903年に始まったから“ワールド”シリーズって名前になったんだよ、という話を披露したのでありました。

この後、映画好きのオースターがひとくさり、小津安二郎監督の『東京物語』が大好きで、自分のMan in the Darkという作品(まだ翻訳版は出ていない模様。柴田先生、頑張って)には体が不自由な義父と嫁が延々といっしょに映画を観るというシーンがあるとか、93年が『東京物語』の50周年にあたる年に、日本の映画祭に審査員として呼ばれて、映画に関わった人たちと会ったという話をしてて、「でも日本人って本当にセンチメンタルだよねー」と言っていたのでした。で、そこで柴田先生が逆に今度は、でも小津監督って戦時にいた部署の関係で、戦時中にアメリカ映画をたくさん観ていたらしいよ、というエピソードを拾う。

で、ま、締めくくりの話として「誰しもが、そういった外国の文化を自国で“翻訳”された形で接しているんだよね」というオチ。

そして最後に翻訳について、オースターは、作家を志す者は若いときに翻訳をやるべき、エズラ・パウンドもそう言っていた。翻訳は読解力を養うのにサイコーだよ、自分の文章が正確になるし、と。で、翻訳が難しいものとして詩歌や、ダジャレがあるけれど、詩の場合はその作品のspirit、つまり精神が伝わればいいんじゃないか、僕自身は英仏訳をするときは、飛躍する幽霊になる、要するに考えていないと上手くいくんだ、といえば、柴田先生はオースター作品をして感じるのはその“音楽性”である、みたいなことを言ってお開き、質疑応答とあいなったのでした。

いちばん可笑しかったのは、もちろん世の中には翻訳しやすい作家と、しにくい作家がいて、単純に言葉を置き換えてその作品の個性がそのまま伝わる作家なら翻訳版でも楽しめるわけだよね、みたいな話をしていて、ほら、「ポテト」はどの言葉でも「イモ」じゃない、僕の小説はポテトだからさー、と言って柴田先生と笑い合っていた時ですかね。

なんだかんだ言って、オースターの最新作、Sunset Parkにサインもらっちゃいました。私もかなりイモ入ってるわかりやすいファンなんで。

と思ったら、ビデオがあるじゃないか! んもう、早く言ってよね。というわけで、上記の対談、ここから見られます。

written by Lingual

ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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