ニューヨークにモスクを建てて何がいけない? バカなアメリカ人に辟易—Utter idiocy of deathers, birthers, and now, Ground Zero Mosquers
いつもこのブログで「アメリカがどーたらこーたら」と書いているので、あいつはアメリカかぶれのイカレポンチだの、外っ面は黄色いくせに中身が白い「バナナ」などと思われているのなら心外だ。
実は時々、こみ上げる怒りを抑えられないほどアメリカが、そしてアメリカ人が嫌いになることもある。とりあえず、ニューヨークは典型的なアメリカの町ではないし、今の仕事をするのにこの土地を離れられないからガマンして住んでやってるんだよ、と感じることさえある。
特にバカ息子ブッシュが大統領となり、ディック・チェイニーやカール・ローヴのような悪党が米政府の実権を握っていた時期は、私にとって苦悩の8年だった。もう少しまともな人間が日本で首相をやっていたら、何もかも捨てて帰っていたかも知れない。
なぜこんなに頭に来るかというと、この国の人間はときおり本気とは思えないほどバッカバカしいことで対立し、いがみあい、ノータリンな人間が偉そうなことを口にするからだ。ほんの1オンスでも脳みそがあればわかりそうなことがわからないのか、自己矛盾に気づかないのか、筋の通らない戯れ言を大声でまくし立てるので辟易させられる。
例えば、イラク戦争開戦前。フランスが侵略行為に賛同してくれなかったからと、本気で「フレンチフライ(日本語ではフライドポテト)」を「フリーダムフライ」と改名しようした馬鹿どもがいた。公職に就き、議員を務めているような人間が「アメリカの国策に反対するとは、フランスはけしからーん。ハンバーガーについているポテトの名前を変えようではないか、諸君!」と議会に持ち込もうとさえするのだから。
最近では、ケニヤ人を父に持ち、幼い頃にインドネシアの学校にいたことのあるバラク・オバマはアメリカ人ではないから、本当は自分たちの大統領ではないと信じている「birther バーサー」と呼ばれるバカの一派がいる。心の底から信じて、クソ真面目にマスコミの前でいけしゃーしゃーと、出生証明書を見せてみろ!と大統領に詰め寄ろうというのである。
その前は、国民健康保険改定案の中に、じじばばは委員会で生きていていいか、治療するのを拒否して殺すかを決める項目が入っていると信じていた「deather デサー」というのもいた。こういう馬鹿が、上院議員(エリック・カンター、おまえだよ)だったり、弁護士の資格を持っていたり(オーリー・テイツ、あんたのことだよ)、自分が次の大統領の器だと信じていたりする(サラ・ペイリン)。
そして今、このバカどもの間で旬の話題がいわゆる「グランドゼロ・モスク」と言われている論争である。もちろん、なーんの根拠もないことをまくし立てているだけにすぎない。9-11同時多発テロの時に、がれきが降ってきて壊れたまま空き家になっていた店舗があった。それをたまたま買い取った人たちが、特定の宗教にこだわらない教育センターを作ろうという計画を立てた。協力者の中に、イスラム教のイマームの資格を持つ人がいて、じゃ、そのビルの中に祈りを捧げられる場所を作ろうということになった。それだけの話である。だれもわざわざ、グランドゼロに近い場所にモスクを建てようとしたわけではない。
ここはたまに通る場所なので、実際にそのビルを見に行った。さすがに連日の報道も収まって、その日は「宗教弾圧反対」「アメリカは宗教の自由を尊ぶ国」と書かれたプラカードを持った若者が2人立っていただけだった。写真を見ればわかるとおり、イスラム教徒でもなんでもなくて、一人はアメリカの典型マッチョ男からはほど遠い、ひ弱そう(だけど頭の回転は速そう)な男子と、ジューイッシュかな?と思われる女子。声高に叫ぶでもなく、通りかかりの人に質問されれば、このビルがどんなセンターになるのかを説明してた。
グランドゼロと呼ばれる場所はここから南へ2ブロック。連邦政府ビルが間に立ちふさがり、件の場所からはワールドトレードセンターの跡地など全然見えない。くるりと360度回転させて、さぁ、グランドゼロはどっちの方角でしょう?と聞いたら方向音痴の人はまずわからない。マンハッタンでは数ブロックも歩けば、雰囲気がガラッと変わるところなんて珍しくないからね。
それがなんだって大統領をも巻き込むバカ騒動に発展したのか。確かに、テロで家族を失った遺族たちの中には、なにかと小うるさい人たちがいて、あの事件が風化されないようにいつもいちゃモンをつけている。でも今回の件は最初に9-11の遺族たちが騒ぎ始めたわけでもなかった。テロで命を落とした人の中にはイスラム教徒の人たちもいたのだし、イスラム教徒の全員がテロリストではない、それどころか厳守主義の一部の狂信者だったことは自明である。
グランドゼロは今、いくつものクレーンが轟音を立てて作業している。工事現場の柵の周りには、これまた喧しい観光客が物見遊山気分で写真を撮ったりしている。挙げ句の果てには、この跡地を見下ろす高層ホテルまで建ったりして、そこに泊まる人が必ずしもテロの犠牲者を悼むために滞在するわけでなし、そっちの方が死者への冒涜なんじゃないかと思えるのだが。
じゃあ、何ブロック離れていればいいってわけ?5ブロック? 10ブロック? みたいなアホくさい疑問も浮かぶが、そもそもアメリカ人、というより一番声高に反対を唱えているプロテスタント教のアメリカ人のご先祖様って、宗教弾圧を逃れてこの国に来たんじゃねーの?という疑問。で、憲法にも「宗教の自由」を謳っておきながら、自分たちが他宗を排除するってわけかい? 自分と違う神を信じるものを追い払ったり、殺したり、ってのはタリバンだの、アルカイダだのって自分たちの敵がやっていることそのものなんじゃないの?
アメリカのクソ田舎に住んで、自分と違う人種の友人の一人もいなくて、本物のモスクも見たことのないような部外者にあれこれ言われたくねーよ、というのが私の本音。これについてはブルームバーグ市長も今回は同意見のようだ。
なんだかんだと言い合ったところで、ニューヨーカーの意見の大半は「もちろん、誰にも信仰の自由はあるのだし、どこにモスクを建てようと自由。だけどあの辺はやめてほしい」というヘッピリ腰なもの。これにはガッカリ。怒った上にガッカリさせられて、ちょいと可哀想な私。








