ツイッターに限らず、ネット上のコミュニティーで時折「レディーファースト」が話題にされているのを見かける。ずっと日本で育った人が海外、特に欧米に出たときにまず遭遇するカルチャーショックの定番、ってとこ?
つまるところ、レディーファーストってのは何なのか?っていうと「ただの習慣」。それ以上でもそれ以下でもない。バスに乗りこんだり、エレベーターから出入りするのに、とりあえず女性の方から。とはいってもバス停で待っている女性全員が乗ってから男性、というわけでもなく、とりあえず効率良く人を動かせる目安として、視界に入っている女性を先に譲るのがレディーファースト。それがシワシワのお婆さんであろうとも、胸もまだ出てないようなローティーンの子供であろうとも。
デートの時は、車のドアの開け閉めから、コートを脱がせる、レストランでは奥の席に先に座らせる、複数の集まりで後から女性がテーブルに到着したときは男性が立ち上がる、なんてのがあるけど、これもなんだか50年代の話でしょ、って感じで、きょうびは女も自分からさっさと車に乗り降りした方が早いし、いちいち女が来る度に立ち上がってたらメンドクセーし、最近廃れている。
よくある間違いは、留学や出張で欧米を訪れた女性が、地元の男性にこれをやってもらって「あら、さすがは紳士ね」とか「私に気があるんだわ」って誤解するヤツ。もっかい言う。タダの習慣だから。日本人男性が劣っているってことでは(必ずしも)ないから。別に下心があってやってるんじゃないし、相手がキレイなお姉さんでも、デブスのおばさんでも、同じだし、好意を抱いてなくてもしっかりできる。
もっと鼻につくのは、レディーファーストができていない日本社会はダメ、みたいなコラムを書いたり、説教をしたり、挙句の果てにはお金をとってマナーコースみたいなのを主催しちゃう勘違いマダム。「真の国際人というのはですね、オホホホホ」ってなヤツ。言っとくけど、タダの習慣だから。
レディーファーストの話で、これまたお決まりのように誰かが言いだすのが、これは元々「女性=弱者」という観念から生まれた習慣だから女性蔑視の行為でもあり、ヨロシクない、みたいな意見。まぁ、何世紀も昔はそうだったかもしれないが、これももう当てはまらない。タダの習慣だから。特にニューヨークの女性、って弱くもなんともないから。
ところ変われば習慣も違うので、電車の乗り方一つとっても土地土地で違うよね。東京はやっぱり整然と列を作ってその通りに先頭から座っていくやり方。これだと電車がくる前に何列目だからだいたい座れるな、とかアウトかな、とか想像がつく。誰が優先、ってことがない。順番通り。要するに一番頭を使わなくていいメソッド。
大阪は老若男女、電車が来るまでいちおう並んでいるフリをするけど、ドアが開いた瞬間、先を争ってドタバタ「早いモン勝ちやで〜」の席取り合戦方式。東京の人はこれをお下品って思っちゃうみたいだけど、大阪の人間にとってみればどこかゲーム感覚で「今日も元気だ、お尻が早い」という自己満足感のためにやっている。そもそもゴキブリのようにサササっと動けるほど足腰しっかりしてるんだから座らなくてもいいだろ、という気もするんだが。
とりあえず大阪人の名誉のために言っておくと、これは単なるゲームなので、座ることそのものにそこまで執着はなく、その後によたよたしたお年寄りが乗ってきたらさっさと席を譲るのも忘れない。っつーか、大阪だと自分から「ちょっと座らしてんか?」って言うジジババもおるしな。
早い者勝ちといえば、やっぱり中国の人たちのパワーがすごい。そもそも「列」というコンセプトさえないのか。インド人が電車にすずなりにぶら下がっているのもパワーを感じる。駆け込み乗車は危ないのでご遠慮くださーい、なんてアナウンスも一切なし、根性で乗って振り落とされて死ぬのも自己責任でどーぞってとこか。発展途上で少子化なんかの心配がない国だからな。サバイバルできるかどうかって状況で女子供に何でも譲っていたら我が身が滅びるわな。
ってことはやっぱりレディーファースト発祥の地が(?)イギリスなのは「まぁ、うちらも昔は世界規模で栄えてたけど、今じゃ落ちぶれてますから今さら少し人より早くどこに着いても同じってのがわかっちゃってるんで」っていう斜陽の国のゆとりがあるからなんだろうな。そこにはちょっとヤセ我慢も入っているだろう。それは京都の人と共通するかも。夏にあんなにクソ暑うても意地で着物きはって涼しい顔してはりますやろ?
で、結局何が言いたいのかっていうと、まぁ、どういう習慣があってもいいんだけど、いかにその習慣を破ってフレキシブルに動ける人たちがいるかで、その社会の成熟度が測れるんじゃないかな、と思うわけだ。Civilizationという言葉があるが、どれだけ臨機応変に振る舞えるかってのは、基本的ルールを踏まえた上で状況によって最善の判断ができる、あるいはそうしようと頭を使っている人たちがいる、それこそ「思いやり」が問われるってこと。
具体的に言えば、電車の席の色まで変えてシルバー席を作り、そこに優先的に座るべき人たちを懇切丁寧に説明したポスターがあるんじゃなくて、そんなものはないけど、お年寄りや妊婦が乗ってきたら、一番近くに座っている人がスッと立ち上がるような社会だったらいいのにな。そして、席を譲られる方も、ちゃんとスマートに座るか、にっこり大丈夫ですからと断れる人たちだったらいいのにな。
じゃないと、日本はどこにいっても、一応の決まりとか、暗黙のルールが多すぎて疲れるんだもん。その通りに動いてしまうのが一番頭を使わない方法で、言葉を発することなく物事が運び、ラクちんなのはわかる。だけど、何も考えずに車も通らない道でおとなしく信号待ちしている人を見ると、やっぱなんか変。そもそも信号って何のためにあるのかってことも意味を失っているように思えるんだな。
KY、というのがその究極の習慣だよね。何も言われなくても周りの迷惑にならないよう、一人だけ浮いたりしないよう、細かいところまで気を使うことを要求される日本の社会。真綿より軽い「空気」で締められて窒息死しそう。もっと気を利かせて、声を掛け合って、臨機応変に対応できたら、もっと住みやすい場所になるんじゃないの?
そういう意味では、ニューヨークはかなり心地いい。色んな習慣の色んな国から人が集まっているので、誰もが知っている不文律というものが存在しない。その分、誰もが自分の信条や良心に従って行動する。ベビーカーを押しているお母さんがいたら、パンツ見せてるヒップホップな兄ちゃんでもさりげなく階段で手伝ってくれる。地下鉄のホームから酔っ払って転げ落ちたら、あのゴミだらけで高圧電流が走っているホームに赤の他人が降りてきて助けてもらえたりもする。私もなぜか、ニューヨークにいると、地図を見ながらあーだこーだとやりあっている観光客の人たちに声をかけてしまう。
もう1回しつこく言っておく。日本がレディーファーストなどを気にする必要はない。タダの習慣だから。だけどもう少し成熟した優しい社会になれたらいいな、とは思う。
大阪人のくだりは、思わず「なるほど」。そうか、あれはゲーム感覚なのか。
よく「○○人って、あんなことやっていて、野蛮だね。遅れてるね」みたいに馬鹿にする人がいますが、それぞれ理由があってそういう習慣ができてるんですものね。馬鹿にしちゃいけない。
1点だけ。最後のあたりでニューヨークには不文律が存在しないとあるのですが、その後でベビーカーやホーム転落の話があります。それこそ不文律じゃないか、空気じゃないかな、という気がするのですが。ちょっと理解がヘンなのかも知れません。すみません。
これからまめに読ませていただきます。よろしくです。
あはは
大昔の婚姻期間中、モトオットと外出する時、私は荷物なんぞ持ったことはなく、後ろを従って歩かされたこともなかった。あ、モトオットはオーベー人。
でもこいつ、家ではとんでもないハラスメント野郎だった。レディファーストなんてね、オトコの質、増してや社会の質とは何の関係もございませんわよ。