アマゾンとマクミランがバトりんこ、仲良くEブック適正価格を模索しだした—Amazon and Macmillan tango over the pricing of Kindle edition


和を尊ぶ日本人には、今アメリカを舞台に行われているEブック競争が死闘のごときバトルに見えるのかもしれない。食うか食われるか、負けたら倒産、社員が路頭に迷い、後には紙の本という死体が累々と…みたいな状況を想像してしまうのだろうか。もっと簡潔にまとめた記事が「マガジン航」で読めます。)

この週末、一般の人がアメリカ大手出版社の一つ、マクミラン(親会社はドイツのホルツブリンク、主なインプリントにはセント・マーティンス、ファンタジー系のTor、文芸系のFS&G、ノンフィクションのヘンリー・ホルトなどがある)の本が急にアマゾンで買えなくなったことに気づいたところから、アマゾンのキンドル版の低価格に不満を持っていたマクミランがとった措置だということがあちこちで言われている。

今のところ両社が声明を出さずに沈黙を守り、読者や著者がブログで好き勝手なことを言っているので余計に状況が判断しにくいのだろう。さらにグーグルプリントにもiBookにも置き去りにされた日本からは、対岸の火事がちょっぴり楽しいのかもしれないけれど、hon.jpの伝え方もちょっと無責任な書き方が気になった。

今何が起こっているのかを判断するには、もう少しバッググランドの知識が必要だろうということで、私なりの説明を試みる。長くなるかもしれない。

そもそもアマゾンが電子書籍端末、初代キンドルを売り出したのは2007年の暮れ、もう2年以上も前のことだ。業界の人たちは2年前のフランクフルト・ブックフェアでデモ版を見ている。もちろん、一般の人たちには未公開で、当時まだ「」という言葉にも馴染みがないので、「that white device from Amazonアマゾンの白いヤツ」と呼ばれているのを聞いて、何それ、ガンダム?と思った記憶がある。

そして見せてもらったキンドルはやっぱりファーストガンダムみたいに角張っていて野暮ったく、しかも今から思えば周りのマージンの部分が全部ボタンになっていたので、どこを持てばいいのか困るという代物だった。ただし、Eインクを使った読みやすい画面と、そこに収められる冊数を聞くと、これが将来一過性の流行り物として消えていくとは考えられなかった。もちろん、アマゾンもガジェットを売って稼ぐ会社になろうとは露ほども考えていなかっただろうから、デザインは最初から手抜きしていたんだろうし。

アメリカの編集者の中には、既にゲラを回し読みする手段としてEリーダーを渡されていた人も少なくなかったので、キンドルに対する壁もあまり高くなかった気がする。

そうして売り出された初代キンドルだったが、400ドルという定価がネックになって、急に売れ出したわけではなかった。品切れにも品薄にもならず、細々と売られていた。

キンドル2が売り出された頃から徐々に状況が好転した。何よりも、アメリカ人がキンドルを買うキッカケになっているのが、アマゾンのホームページで見られる新刊本キンドル版の安さ。新刊のハードカバーなら定価が30ドル近いので、売れ筋として紙の本が大幅ディスカウントされてもせいぜい18ドル前後というところを、10ドルを切る値段で、しかもタックスなしの場合がほとんど、本屋に足を運ばなくても1分で手持ちのキンドルに自動配信され、読み始められるのである。

キンドルの強みはやはり本好きの人をも納得させられる、その読み心地と、キンドル版の価格にあるだろう。触りもしないでスペックやデザインであれこれ文句を言ってるガジェット好きのブロガーも多かったが、本好きには多少レトロな部分も気にならなかったし、紙の本ではとうてい実現できない、辞書機能付き、読み上げ機能など、使ってみて便利さがわかるところもあったし、なにしろ、いったんハードウェアを買うとどんどんキンドル版を買うのがお得、ということもあった。

日本でもキンドルが買えるようになり、iPadも発売されることになって、NookやSkiffやCueがどうのこうのとガジェット比べが喧しいが、これを買う読者にとっていちばん大事なのは、どの機種でどの本がいくらで買えるのか、という中身の部分だということが欠落している気がする。

bezos(←初代キンドルを持つアマゾンのジェフ・ベゾス)

アマゾンについてもアメリカで最大手のオンライン書店という認識のようだが、アマゾンはどちらかというと楽天のような総合オンラインショッピングサイトで、顧客サービスの点ではピカいち、という点も日本のサイトとは異なる。間違ってもこの先、ブリック&モルタルの路面店舗を出したり、キンドルみたいなガジェットを売って儲けていこうとは考えていない。(photo by: Ian MacKenzie)

さて、アメリカでは昨年夏に、紙の本での価格破壊に通じかねない値下げ競争があり、出版社を震撼させる一件があった。この時もアマゾンは、ウォルマートやターゲットが繰り広げた値下げ競争からいち早く抜け出し、やがて騒動は収まった。その時も書いたが、出版社が取次や量販店に本を卸す場合、注文冊数に応じてディスカウント率があらかじめ決められているが、どんなに低くてもその本の定価の半分以下ということはなかったし、今も(買い切りでもない場合)やっていない。だから、30ドルもするハードカバーを10ドルで売ろうと思うと、どんなに大量に捌いても1冊あたり5ドルの赤字が出ることになる。

アマゾンは、キンドル版Eブックを売るにあたって、出版社側に紙の本と同じ額の売り上げを出版社側に払うという条件で始めた。だから、出版社にとって紙の本が売れようが、キンドル版が売れようが、同じ金額が入ってくるのだから、アマゾンがどちらを売っても構わないハズだった。ところがアマゾンは、売れ筋のハードカバーの新刊を9.99ドルで提供し始め、まずキンドルの普及を優先させた。

赤字大放出のバーゲン品で客を集める、リテーラーの常套手段である。一時期は一気にキンドル本体の値段も下げたので、ハードでも黒字になっていないのではないかとまでうわさされたほどだ。でもベゾス社長もいつまでもEブックを9.99ドルで売ろうなどとは考えているはずがない。何かのタイミングで構造のどこかを変えない限り、損をし続けることになるのだから。

この2年はEブック市場はキンドルが独占状態(一説には70%)だったけど、iPadを始め、他のデバイスも出揃い始め、アマゾンが好き勝手できなくなりつつある。キンドルの売れ行きが落ちても、キンドル版Eブックを売り続ける道を模索するのが今のアマゾンの課題だろう。となると、マクミランが値上げを要求してきたのは好都合だったとも思える。

一方、紙でもキンドルでも同じだと思っていた出版社も、9.99ドルEブックが定着するにつれて、紙の本に割高感が感じられるようになることを恐れ、キンドルの価格設定に反対してきた。今回、マクミランがその一番乗りを揚げただけの話である。

他の大手出版社がこれに加わる可能性も十分に考えられる。ツイッターで最初に報告したときは勝ち負けというイヤな言葉を使ったが、この先落ち着くシナリオには幾通りかあるだろう。

1)マクミランの言い分が通り、マクミランの本だけ、キンドル版も15ドルになる。

2)他の大手出版社も同じネゴシエーションに参加、キンドル版がみな15ドルになる。

3)Eブックの卸値が再検討され、キンドル版は9.99ドルのまま、版元の取り分が減る。

1)だと、マクミランの本を買いたかった人が文句を言うだろうけど、アマゾンのせいじゃありません、ってことで同じタイトルを売ってさらに5ドル儲けられるが、マクミランが値上げの5ドル分の中から取り分をもらえる保証はなく、アマゾン1点、マクミラン0点。

2)だと読者からブーイング、でもこれもアマゾンのせいではなく、でもやっぱりキンドルを買っちゃったからには15ドルでもEブック買う方がお得で、アマゾンの赤字も解消される。アマゾン1点、大手出版社0点。

3)だと、Eブックが売れた場合大手出版社の取り分が減るが、アマゾンは、iPadより安い価格で提供し続けられるので、この先もキンドルが売れる。アマゾン1点、大手出版−1点。

ということで、アマゾンが損をするシナリオが思いつかない。まさか大手出版社がこぞってアマゾンからすべてキンドル版を引き上げるなんてできないし、そんなことをしようものなら、アマゾンはじゃあ紙の本も扱わないよ、というまでのことだから。

そもそも正式な発表がないのは、両社とも問題解決には時間がかからないと思っているからだろうし、戦っています、と公にする必要も感じていないということだ。

グーグルプリントの和解案の件についても言えるが、アメリカでは訴訟もネゴシエーションの方法のひとつに過ぎず、相手をつぶそうとケンカをしているのではなく、お互いの立場でバトルをした後は、双方にとっていいところに落ち着けるように、取っ組み合っているだけなのだ。そして一汗かいた後はまた良きビジネスパートナーとして仕事をしていける。

これは学生の頃から、自分の信条とは必ずしも重ならない立場でディベートをして、ディスカッションのやり方を学んでいくアメリカの教育法があるからだと感じる。外交では、北朝鮮でさえうまいことケンカをふっかけてきては、自分たちに都合のいい解決をねじりとっていくわけだしね。

何においても「和」を優先する日本人は、こういう「バトリんこ」がうまくできなくて話し合いが感情的になりやすいし、意見の対立が即、人格否定になりがちだし、ガチンコで本音を出さないで解決しようとする分、後でストレスが溜まったりするよね? 海外でビジネスをするときにも損をしてるんじゃないかなぁ?

というわけで、マクミランとアマゾンはお互いが納得する適正価格を求めて模索しているのだ。「適正価格は市場が決める」なんてことを書いているブログもあったけど、それじゃ、日本の本はどーなってんの?というのが率直な反応。

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【追記1】

ブログのエントリーをアップしたとたん、業界向け(著者とエージェント)にマクミランが状況説明した文を見つけた。それによると、なるほど、先週マクミラン側から、アップルと話が進んでいるのと同じエージェンシーモデルに変更しろ、さもなくばEブックのタイトルを思い切り減らす、と脅したらアマゾンが対抗措置として紙の本とキンドル版の両方をサイトから外したわけだ。以下概要。

「先週アマゾンと会い、3月から実施予定の「エージェンシーモデル」である(大手出版社がアップルと話を詰めているのと同じ)新しいEブック価格設定を伝えた。アマゾンがこれまでの価格設定を維持するのなら、こちらもキンドル版として出せるタイトルをかなり絞る処置をとることも。アマゾンの返事は、マクミランの本を(紙の本もEブックも)一時販売を見合わせるというものだった。(アマゾン以外の業者からは買える)

こんな事態になって申し訳ない。アマゾンとは長いつきあいだし、書籍販売に新しい息吹を吹き込んだアマゾンとこれからも取引をしたいし、おそらくそれは変わらないだろう。

紙の本ではずっとどの書店も損をすることなく公平に本を売ることができるビジネスモデルがあった。デジタル書籍の将来を考えると、同じように、揺るぎない理念に基づいた公平な競争ができるシステムが必要だと考える。ユーザーにとっても便利で適正な価格で買え、それを作り、出版する方も相応の報酬が受けられることも必須だ。

エージェンシーモデルではアマゾンを含む窓口を通して我々が電子版を売る。窓口はエージェンシーとして(他の電子版でもスタンダードになりつつある)30%のコミッションを受け取る。電子本の価格はタイトルごとに決め、我々は一般書なら6〜15ドルを設定し、紙の本と同時発売が基本だ。

アマゾンもこのエージェンシーモデルに則れば、より多くの売り上げを見込める。反対に我々は、これまでの取り決めより少ない配分を受け取ることになる。我々の話し合いが決裂したのは、目先の儲けの話ではなく、電子本の長期的展望の違いからである。

アマゾンもマクミランも、本のマーケットがこれからも健全で活発であることを望んでいる。ただ、そこへどう行き着こうとしているかが折り合わないだけなのだ。今回のアマゾンの処置は、彼らにも確固たる信念のあることの表れだ。我々も自らの理念を信じるのみであり、貴方がたも賛同していただけると思う。

我々にとって著者やエージェントは大事なパートナーであり、緊急な事態を個々に伝えることができず、こんな通知の仕方になってしまった。月曜日には社内の編集者にもきちんと説明し、質問に答えられるように準備する。

この数時間に寄せられた応援の声に感謝して

マクミランCEO ジョン・サージェント

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【追記2】アマゾンvsマクミランのバトりんこ、第1ラウンド終了

ジェフ・ベゾスCEOから直々のコメントではないが、顧客からの質問に答える形で、キンドル担当者がAmazon.com上の読者フォーラムで、アマゾン側の見解を示した。

「6大手出版社の一つ、マクミランから、ハードカバーの新刊を中心に13〜15ドルで販売するエージェンシーモデルを言い渡された。

強く反対し、意志表明のため一時的にマクミランの本の販売をストップした。だが、こちらが最終的には高すぎると思う値段だとしてもその通りに売らざるを得ない。売れ筋のEブックに15ドルを払うかどうかは客が決めることだ。他の大手出版社が同じ措置をとるとは思えないが、これは中小出版社や自費出版の著者にとって朗報だろう。

キンドルはアマゾンのビジネスというだけではなく「使命」だと考えている。毎日が真剣勝負!」

考察:いや、他の大手出版社も同じことを考えている。そしてアップルもね。

トリビア:アマゾンでマクミラン社の本が買えなくなったことで、人がどっとバーンズ&ノーブルのオンライン書店に流れるという皮肉な動きが。元民主党大統領候補のジョン・エドワーズの愛人スキャンダルを暴露した話題の新刊、「The Politician」はBN.comでナンバー1に、ブッカー賞をとったヒラリー・マンテルの「Wolf Hall」もBN.comで赤丸付き急上昇。

written by

ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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