しょーもないベストセラーが恨めしや、恐ろしや—What’s really scary about Palin’s bestselling memoir


なっかなか売れない本(の版権)をなんとか売ろうとする仕事をしていると、飛ぶように売れているベストセラーが恨めしいことがある。「よりによって、なんだってこんなくっだらねー本が…こんな読むくらいなら私のこの本の方がよっぽど…」という風にね。そんな本が今、こっちでトップセラーぶっちぎりのサラ・ペイリンの回顧録。頭をかきむしりたいほど恨めしや〜。

日本から「こんな本、誰が買ってるの?」とツイッた人に対して「ペイリン本を買っている人=普段は本なんて殆ど読まない、赤い州に住んでいる、基本デブ、国外旅行したことない、お買い物はいっつもウォルマート、ニュースはFOXしか観ない、進化論がわからない、地球は温暖化なんてしてないと思っている….人たちです。」と書いたら大ウケしたけど、いや冗談じゃなくてホント。ホントだから笑えない。

アメリカで今起きているいちばん恐ろしい動きは、実は不況なんかじゃなくて、キリスト教保守派が共和党を取り込みつつあることかもしれない。Religious rightとか、fundamental evangelistsなどと呼ばれる人たちだ。

ハッキリ言って、アメリカ社会というのは建国の時代からずーっと白人の男たちが牛耳ってきたわけ。今もそれは基本的にあまり変わっていない。平等とか、自由とか、それは白人男性に限っての話。たまーにのし上がれる非白人男女がいるおかげでアメリカン・ドリームなどという幻想が生まれただけのこと。日本の社会の方がまだまだ格差が少なくて平等な社会だってこと、気付いていない人が多いけど。

それが少しずつ崩れ始めたのいつごろのことだろう。移民が増え、公民権運動が実を結び、女性が社会進出を果たすにつれて、白人男性の肩身が狭くなったことは確かだ。ここ8年ほどジョージ・ブッシュみたいなバカ息子を大統領にしてしまったことで、白人男の評判はかなり落ちた。そこへこともあろうに、黒人男性が大統領となってしまったのでパニックを起こした白人男性が、あの手この手の汚い手段を使ってオバマが行おうとしている改革をすべて阻止しようとしているのだ。

ヤツらがずるいのは、それをわかっていない人たちを取り込んで、アメリカは自由の国なんだから政府なんてなくてもいいんだとか、聖書に書いてあれば絶対的に正しいんだという短絡的なスローガンで、もっぱら底辺層の支持を得て、ラッシュ・リンボウやグレン・ベックというパーソナリティーを使って自分たちの代弁をさせている点だ。それに利用されている一番のバカがサラ・ペイリンだということなのだ。(リンクを貼ってやるのもイヤなので、パロディー版の方を紹介しておきます。本当に間違えてみんなこっちを買ってくれればいいのに。)

前回の大統領選挙でジョン・マケイン(もちろん白人男)が、共和党内の保守派と赤い州に多いキリスト教保守派と女性票を取り込もうとして選んだのが、それまで全く無名のアラスカ州知事。自ら「ホッケーマム」を名乗り、政治や外交に関する無知をさらけ出し、すべてを「神の意思」だと信じ、田舎臭いしゃべり方で一部のアメリカ人の心を鷲掴みにしてしまった。新聞さえも普段は読まないくせに、無知さ加減を指摘されれば「女性差別」だとわめき、嘘がバレても動じない厚顔無恥。女性でありながら中絶に反対。いい母親を演じているつもりなのに、子供は未婚の母で高校を中退。愛国精神を絶対視しているわりには、旦那はアラスカ独立運動家だったし。

大学でジャーナリズム専攻だったから書くことが好き、などとペイリンは言っているが、三流のヘボ大学でスポーツレポーターになりたかったというお粗末なもの。この本も回顧録と謳いながら、実はゴーストライターに書かせただけ。そのゴーストライターというのがリン・ヴィンセントという女性。彼女は他にも色々本も書いているが、極右の根本主義者。聖書を絶対視するコチコチの保守派なのだ。

この編集者がまた曲者で、マーヴィン・オラスキーという『ワールド』誌の編集長。12万人ほどの購読者がいるが、これがまたキリスト教保守派のプロパガンダ満載で、地球温暖化説を否定し、進化論を否定する洗脳パンフレットみたいなもの。版元はZondervanゾンダーヴァンというところで、いつごろだったか、ルパート・マードックのハーパーコリンズ傘下に入った宗教書関連の出版社だ。

ハーパーコリンズのゾンダーヴァンといえば、リック・ウォーレンというエセ修道士が出した2002年の大ベストセラー『Purpose Driven Life』(シリーズ全部で3000万部とも)でしこたま儲けたインプリント。(カリフォルニア州で同性婚を違法とするProp 8(州法改正案第8条)が通っちゃったのも、このウォーレンの呼びかけによるところが大きいとされている。)そのお金を今度は800万ドルともいわれるペイリンへのアドバンスに替えて、またもや儲けている。

この構図、わかってもらえるだろうか? ニューズ・コーポレーションを率いるマードック本人はキリストの教えなんてどうでもいいと思っているに違いない。だけど、儲かるなら何でもするし、利用できるならどんな人間だって利用する男だ。聖書しか読んだことのないような無教養な人を相手にしたベストセラーを次々と出してさらに多くの金を掌中に収めている。

マードックだけではない。アメリカの保険会社や投資銀行のトップたちも白人男性ばっかりだ。そいつらが今やっきになってオバマ政権の改革案を邪魔している。もちろん自らの手は汚さずに。彼らは共和党の保守は候補を支持して多額の選挙資金を寄付し、国民の不満をtea partyというわけのわからん反対運動に集約させ、一部のバカがアンチオバマのスローガンを掲げる手伝いをしている。

こいつらが医療保険制度改革にやみくもに反対していたり、銃を携えて集会に姿を見せたり、オバマをヒットラーになぞらえたプラカードを持っていたりするのをテレビで観ると薄ら寒くなる。(もちろん、ニューヨーク市はリベラルな土地柄なので、実際に目にすることはないのだけれど。)そして我先にサラ・ペイリンの本を買い(ちゃんと読むかどうかは全く別の話、たぶん読んでないw)、徹夜でサイン会に並んでいるのを見ると、自分の本が売れなくて恨めしいというより、この先、米国という国はどうなってしまうのだろうと身の毛がよだつのである。マジで。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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