京都で本の記憶が走馬灯のように通り過ぎる恵文社の棚にやられる— My life in books flashes in front of my eyes at Keibunsha’s shelves

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京都で本の記憶が走馬灯のように通り過ぎる恵文社の棚にやられる— My life in books flashes in front of my eyes at Keibunsha’s shelvesBooks and the City

ありとあらゆる観光名所が散らばる京都でも、ここは「ついでに寄れる」場所ではないだろう。わざわざ、意図的に目指して、ここを訪れるために出かける気がないと行かないようなロケーションにあるのが、この恵文社の一乗寺店恵文社の本屋さんは他に市内に何ヶ所かあるみたいだけれど、他はいたってフツーの本屋さん。この一乗寺店だけが曲者なのである。“本のミミズ”にとっては、寺社に詣でるように、ありがたーく足を運んで、棚に向かって拝んで、お賽銭箱に小銭を入れる代わりに何か買ってくる価値あり。

しかも叡山鉄道に乗れちゃうんですぜ。京阪電車の出町柳駅で乗り換えるんだけど、これがまた切符を買ってはみたものの、電車に乗ってるんだかバスに乗ってるんだかわかんない感覚が楽しいの。車両によっては窓をキャンパスに見立てて、車窓からの景色を見ながら揺られる配置になったシートがあったりするのだ。ワンマンバスならぬ、ワンマン電車という表示があって、降り口は一カ所だけ、バスみたいに料金箱に切符を入れたりして。

でもまぁ、電車を降りてしまえば一乗寺駅の商店街はごくごくフツーの駅前という感じで、恵文社もひっそり当たり前のようにそこに建っているので、さらに入った時の衝撃が大きいのかもしれない。

なんてったって、棚を見ていると突然、自分の人生が目の前でフラッシュバックするんだから。(ちなみに、なんのドラッグもやってませんので。)何故かっていうと、その驚愕の品揃えとは、例えば「あたしが、ティーンエイジャーの時、御フランスかぶれになって、サガンだのボーボワールだのを背伸びして読んでた頃」「英米文学なんてつまんない!と息巻いて、クッツェーだの、マルケスだの、クンデラだのをかじってた時」「ジャズが少しわかった気になってたフェーズ」「建築とデザインと哲学の論理に憧れてた時代」みたいなのがいきなりシンクロして、思い出しただけで恥ずかしくなるような若き“サラダの日々”に、この棚の、この列にある本を片っ端から読んでたなぁー、という陳列にぶち当たるから。(Photo by: Kinya Hanada)

そこで、じゃ、今のアタシにふさわしい本はどれなのかしら?とばかりに、恵文社で自分探しをしてしまうから。

欲しかった『モンキービジネス』誌のバックナンバーもあったし、アメリカでは出回ってないル・クレジオの『大洪水』も読んでみたかったんだけど、あれこれ迷ったあげく買ってきたのはカズオ・イシグロの『私を離さないで』だけ。すいません。目新しくなくて。でも英語でしか読んでないんだもん。柴田先生の『ナイン・ストーリーズ』にも惹かれたんだけど、ホテルにチェックインする前の荷物だったし、京都の夏はやっぱりクソ暑くて、ハードカバー増やしたら、曼殊院道で熱中症で倒れそうだったんだもん。

それにね、私の場合、日本語でも英語でも両方読んでみて、初めてわかることってあるから。今までは「片方だけでもわかってればいいや」って思ってたこともあって、どっちつかずの中途半端な人間だったんです。まぁ、これからもそうなんだろうけど、少しは変われるかしらん。

written by Lingual

ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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