今さら、ではあるが9-11から早2年ーBelated musings on the two years since


テロ事件直後は「NYニッチ」で言いたい放題、1年後に作ったこのホームページでも書きたい放題だった私が、今年は9月11日が巡ってきてもウンともスンとも言わないことに対して不審に思っていた人もいるのではないかと。だけど、元々「みんなと一斉に同じことをする」のが極力苦手なへそ曲がりの私は正直に言うと(この日だけ)一斉に追悼のセレモニーをする事に既に辟易していたのである。(ただ単にニューヨークにいなかった、という理由もあるが。)

卒業式とか、運動会とか、盆踊りとか、入社式とか、パラパラとか、モー娘。のコンサートとか、宝塚のラインダンスとか、昔から大勢の人が同じ動作をするのを見ると身の毛がよだつんである。タイガーズファンが道頓堀に飛び込んでいるのも、最初は面白いなと思っていたが、5000人以上も人たちが同じことやってると知った途端、もっとオリジナルなことやってみろ、と思うわけで。(したがって北朝鮮の美女軍団の映像もマジで恐くて正視できなかった。)

「グラウンド・ゼロ」にしたって、今はただの工事現場でしかない。日本からやって来る人は「被災地詣で」をするかどうか悩むようだが、聞かれたときは「行っても何もないよ」と答えることにしている。遺族や関係者らが毎年追悼行事を行うことに反対はしないが、個人的には「平和を願う」と言っている人たちがキライだ。世界平和を願う、というのは聞こえはいいが、その実、何の役にも立たない。いくら亡くなった人に手を合わせても、千羽鶴を折ってそれを届けても、平和な世の中になんてなりゃしないんだけど。テロ事件の後、本屋に「非戦」という本が平積みになっているのを見て、紙の無駄だと思っていたわけ。坂本教授には悪いけど。

9月11日の後、街中にはためく星条旗を見た頃から感じていたことだ。そんなことしたって「愛国心がありますよ」っていうポーズをとる以上の何になるというのか。黄色いリボンをその辺に巻き付けたからといって、戦争が終わったりするもんか。どうも世界平和主義というのは聞こえはいいが、事なかれ主義と大して変わらないという気がする。

一方で、戦争をしたがっている人たちの行動力はスゴイよね。タリバンもそうだし、ブッシュ政権も。勝ったのかもハッキリしない選挙をゴリ押しして政府を牛耳り、金に飽かせてテロリストを育て、テロ事件を利用して石油確保のための戦争を仕掛け、童貞の若者をたぶらかして特攻隊を育て、国連を丸無視し、あの日ビルに突っ込んだ旅客機が殺した以上の市民を犠牲にしてきた。「戦争派」には強力なロビイストがいたり、政府高官という黒幕がいたり、洞穴の中で腎臓透析できる機械を持っていたりと、「世界平和」をお題目のように唱えてただ安穏としていたりはしない。

で、この2年に何が起こったのか。ビンラディンもフセインも生きているし、アメリカ軍のせいでアフガニスタンもイラクもさらにメチャクチャになったし、化学兵器なんてどこにもないし、ますますバカ息子が勢いつけて次の選挙にも勝ってしまいそうだし、日本だけでなくアメリカの景気も後退したし、私の減らず口は治らないし…な〜んにも(いい方向には)変わっていないのかもしれない。戦争をやりたいヤツラの思うつぼだ。

で、じゃあオマエは「平和を唱える」以上の何をやっているんだ、と平和主義者の人に言われれば何もやっていないかもしれない。ただ、口先で世界平和を唱えながら、何も考えず、何も実行していないのにエラソーにされるのはイヤだな、ってだけのことです、ハイ。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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