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アメリカ四方山話

あまりにもフツーだったフレディー・マーキュリーの生家ーThe Kensington flat of Queen’s vocalist was unmarked and so ordinary

ロンドン・ブックフェアが開催されていた間、ホテルと会場を徒歩で往復するだけの毎日だった。朝イチで会場に入って一日中出版社やエージェンシーの人とのミーティング、昼食もそこでサンドイッチをつまむだけ、終わればまたもらった原稿と企画書を山ほど抱えて、ホテルの部屋で読みふける、という悲しい(?)ビジネス出張。天気はいいし、通り道には何もないし「ホントに私はロンドンにいるんだろーか?」と首を傾げたくなるほど。会場となったオリンピアはロンドン市内から少しはずれたケンジントン地区にある。そこそこオフィスもあるけれど、後は住宅街といった土地柄、日本で言えば三鷹とか、吉祥寺とか? ジュリア・ロバーツが出ていた映画「ノッティングヒルの恋人」の地区の南にある区域。

で、やっとこさ時間ができて地下鉄で市街に出かけたその帰り道、ケンジントンにあるアールズコートの駅で「地元マップ」を何気なく見てみると、おやぁ?「Freddy Mercury’s house」という赤丸がホテルの数ブロック先にちょこんとついている。これはどう考えても、かのクイーンのボーカリスト、フレディー・マーキュリーの生家ってことよね? とにかくホテルの周りには何にも(観光用のものが)なかった場所だったので、さっそく見に行ってきたんだけど。

交通量の多い西クロムウェル通りから1本入った住宅街。小さな小さな劇場(昔の旧い家を改造した建物)の前で、切符を買い求める若者の姿がチラホラと目に入るだけで、他には何もない。地図の通りだとすると、このアパートのはずなんだけど、「フレディー・マーキュリー生家」という看板もプレートも何もない。「まぁ、位置からいってこのアパートだよね」と見当を付けた建物は、本当にフツーの建物。彼が住んでいた部屋がどれなのかもわからなかった。
でも、思えば惜しい人を亡くしたもんだ、と思いません? 私の世代に絶大なる人気を誇っていたわけだからねー。今時の若者も「ウェインズ・ワールド」で「ボヘミアン・ラプソディー」を再発見してるんだろうし。一方で、今もローリング・ストーンズが東京ドームを埋め尽くして、あれだけ荒稼ぎをしていると思うと、ブライアン・メイやロジャー・テイラーもさぞかし残念がっているんだろうな。今も彼が生きていたら、どういう反戦の歌を作っただろうか、とか考えてしまうわけ。

私は残念ながらフレディー・マーキュリーがここに住んでいたのは何歳の頃で、どんな人生を送っていたかについては全く何も知らないので、誰かファンの人、情報を下さい。クイーンに対する思い入れについても言及してもらえれば、このスペースに追加できたらいいな。そしてクイーンって誰? 女王様のこと? というケツの蒼い世代の人には「オペラ座の夜」からまず聴いてみることをお薦めします。

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