逃した魚は大きかったのか否か? 風の便りに聞いたブック・エキスポ・アメリカーAOL Time Warner pulls book divisions off the block at Book Expo America 2003


先週末、今年の「ブック・エキスポ・アメリカ」が催され、アメリカの出版業界関係者の多くがロサンゼルスに集まった。この数年、ブックフェアと名のつくところにはなるべく顔を出していた私だが、今回は見送ることとなった。雨模様の天気が続くニューヨークを脱出して燦々と太陽が輝く西海岸の気候をしばし楽しむ業界の仲間たちから届く「こっちは天気いいよ〜」メールに少しばかり気鬱になった私だった。

BEAことブック・エキスポ・アメリカは、どちらかと言えば、大手出版社が幅を利かせてビジネスをする場というよりは、アメリカ国内の小出版社がブースを出して自社のタイトルをアピールする機会であるのと同時に、全国の書店の皆様の慰安というか、励ましというか、「いつも私たちの本を売ってくれてありがとう」的なイベントが目白押しなのだ。今や「業界最大手の大出版社の回し者」になってしまった自分は、ブックエキスポに居場所がないような、お呼びでないような気がしたのも事実だ。

ブックエキスポの様子は、業界誌のメルマガで速報が流れてくる他に、「ブックTV」という週末だけのマイナーなケーブル局で中継されている。雨続きで外に出る気がしないのも手伝って、ずっとブックTVをつけていた。中には人気が高く、なかなか入れないような著者とのイベントの中継もあって、その場にいて会場を歩き回って商談でクタクタになるよりも、これはこれで楽にBEAを楽しむ方法かもしれない、と思いながら。

そんなイベントの一つを紹介すると、トニ・モリソンが自らの処女作を出した頃のことを語っていた講演があった。「朗読会に来てくれたら夕食にハンバーガーをおごるから」と言われて雨の中を車で1時間も走らせ、ようやく辿り着いた会場に集まった人は全部で12人。「その本屋を経営していた夫婦が2人、地元の図書館司書が1人、結局、残りの9人もそこで雨がやむのを待っていただけだったみたいなのよね。朗読会の後、地元の司書の人でさえ本を買ってくれなかったわ」と淡々とノーベル文学賞受賞者が語る、信じられないようなエピソード。でもモリソンは言い切った。「でも、そんな熱心な本屋さんの人たちがいたから、今の私があるんです」と。

集まった観衆はモリソンの話に笑いを誘われながらも、どこか納得した顔をして聞いていた。

アメリカと日本の出版社の違いは何か、と聞かれれば、どこか不本意ながらも私はこう答えるだろう。「アメリカ人の方が書籍出版に携わっている人に本を読むのが好きな人が多い」ということだ。だからといって、日本の出版人はいかーん、などと言うつもりはない。これはこの業界に携わった頃から私が少しずつ感じ始め、年を追う毎に確信に変わってきたことだ。何故そうなるのかを自分なりに考えてみた。

日本では出版を含めたマスコミ業は初任給・給料が高いということが人気の要素の一つになっている。ところがアメリカでは全く逆だ。新聞社、雑誌社、書籍出版社、広告代理店といえば、大卒でも給料レベルが抜きんで低いのが常識になっている。約10年前、私がジャーナリズム科の学生として就職先を探していたとき、どこも「大卒新社員の年俸は『in the teens』だからね」と言われた。これはサーティーンとナインティーン13,000〜19,000の間、つまり年俸はどんなにがんばっても230万円以下が普通だったのだ。

計算してみて下さい。これで私のような親と同居していない独身者はまず3分の1を税金に持っていかれる。この物価のメチャ高いNYで、手取り月13万以下で生活するわけですよ。当時いちばん安いアパートでも月に6〜7万はしていたはず。学生ローンも返さなきゃならない、となると、私はどうやって暮らせばえーの?という疑問が、私の頭の中をグルグルかけまわっていたっけ。

安いのは初任給だけではない。書籍出版社であれば、法務部の専門弁護士だってそこいらの法律事務所より給料低いし、CEOに上り詰めても他のフォーチュン500企業の稼ぎに比べればスズメの涙。それでも人が集まってくるのは、やっぱり本に関わる仕事がしたいから、という気持ちがあるからだ。私が今いる出版社でも、それこそ食堂でレジ打ってるバイトの女の子も、客足が途絶えるとサッとハードカバーの新刊書を取り出して読んでいるし、いい年したエグゼクティブも今週末に発売になる「ハリポタ」最新刊の話題が挨拶代わりだし、他の階から書類を届けに来たアシスタントも「ねーねー、ここのスラッシュ・パイル(各編集部のそばにある箱及びコーナーで、見本刷りや売り物にならない破損品や余ったサンプルなどを捨てる場所、誰が持っていってもいいことになっている)どこ?」とチェックしてから自分のデスクに帰る、といった具合。

アメリカの出版界は、著者から、エージェントから、編集者から、表紙のデザイナーから、宣伝部長から、IT技術者から、営業担当者から、倉庫係員まで、取次まで、書店員まで、本好きな人で支えられている。というか、本当の本好きじゃないとやっていけない業界かもしれない。

もちろんこのことの弊害も少しはある。アメリカの出版界で働く人を見ると、多いのがユダヤ人と白人、そして女性だ。黒人をはじめ、マイノリティーの人が少ない。これは何を意味するのか。ユダヤ人と白人が多いのは、エリートのボンボンが多いからだ。つまり家が裕福で、そんなに高給にこだわらない人じゃないと就職できない。上級指向のあるマイノリティーの人だったら、せっかく四年制大学を出たのなら、銀行だの会計事務所だの、もっと金銭的にワリのいい仕事を選ぶからだ。女性が多いのは、若いときは親の金銭的援助が受けられ、ある程度の年齢に達しているのなら、共働きの夫がいるからだ。つまりこれも、女性がひとりで家族を支えてゆとりのある暮らしをしていくだけの収入がないことを意味している。

これが日本だと、書籍出版社だろうが、新聞社だろうが、やたら目につくのが普通の「オジサン」。児童書や女性誌の編集長まで男だったりするのは、アメリカじゃすごーく変な印象なのだが。

編集の人も、本は読んでいるけど、自分が担当するジャンル以外の本は知らない人が多いし、同じ社内でも「これ、ウチの本?」なんてやってる。営業担当や経営陣になると、芥川賞とか何か賞をとったものは押さえてますって程度だし。ホント、知らないんだよ。じゃ、次の直木賞を取りそうな有望な新人は?と聞くとぜったいにわからないし。(ま、これは純粋にいい・おもしろい作品だからとれるんじゃなくて、各出版社もちまわりでいろいろ根回しがあるらしいからなー)

オジサンたちだけを責めるつもりはない。そもそも日本における「出版文化」がイケナイんだと思う。日本じゃ、本、ってのは何か「お勉強」するために読むものであって、楽しいから「エンターテインメント」として本があるという認識が薄いんだと思う。出版界以外の人だってそう。年に数冊しか読まないくせに、履歴書の趣味欄に「読書」って書いた人がどんなに多いことか。私はそもそも「好きな作家は?」って聞いて太宰だの藤村だのとクラシックを挙げる人は、要するに最近の本なんて読んでないのね、って解釈してるし、そういう人に「で、最近読んで面白かった本・著者は?」なんて聞いてもムダだってわかっている。

でも、アメリカの出版社の人は、日本から出版関係の人がやってきたとなると、何か話題を見つけようと思って、まずそういう質問をする。そういう集まりに通訳として駆り出されることの多かった私はいつも心の中で「なっさけねー」と笑っていたのだ。笑いながら「でも、お給料たくさんもらってていいよなー」と妬みながら。はは。

かなり話題が逸れた。ひがむのはよそう。ブック・エキスポの話をしていたんだっけ。

一方で、業界のビッグニュースといえば、以前から売りに出されていたAOLタイムワーナーの書籍部門を巡って、業界ナンバーワンのランダムハウスが再び興味を示し始めたらしい、というものだった。4億ドルという高値にどこの出版社も後込みしたせいで、買い手有力候補はフランク・パール率いるペルセウス・グループのみ、と目されていたのが、結局、話がなかなかまとまらず、値段も3億ドルまでに落ちた。

AOLタイムワーナーの書籍部門といえば、業界第5位規模の出版社であるワーナー・ブックスや、昨年大ヒットとなったアリス・シーボルドの「The Lovely Bones」を含む文芸寄りのリトル・ブラウンを抱える大御所のひとつなのだが、インターネットやテレビでガンガン稼ぐメディア・コングロマリットにしてみれば、書籍なんて採算のあまり取れない、効率の悪い部門でしかないのだ。

結局、AOLタイムワーナーが望んでいた値段で売ることもできず、そこまで叩き売りすることはない、という結論に達したのか、結局、売却話は後日煙のように消えてしまった。

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ニューヨークと東京を往復する文芸エージェント。 日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。
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